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それでも親子

タレント・麻木久仁子さん 母とけんか、でも私を尊重

2018/3/23

1962年東京生まれ。テレビやラジオ番組で司会者、コメンテーターを務めるほか、クイズ番組の回答者として活躍。国際薬膳師の資格を取得し、2月にレシピ本「ゆらいだら、薬膳」を発売

著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はタレントの麻木久仁子さんだ。

――お母様は80歳。社交ダンスがお好きだそうですね。

「週に2、3回は踊っています。60代になって始めたんです。母は2012年に心臓の大手術をしたのですが、『ダンスがしたい』と懸命にリハビリに取り組みました。おかげで10カ月したら元の生活ができるようになった。趣味を持ったのが本当に良かったと思います」

――お母様とは、よくけんかをしたとか。

「母は女手ひとつで私、妹、弟という子ども3人を育てた。生活を支えるため昼も夜も働きました。家事や妹、弟の面倒を見るのは私の役目でした。今思うと、忙しすぎて、お互いイライラしていたのでしょうね。寅(とら)年親子で二人とも気が強いということもあるかもしれません」

「ありがたかったのは、私の生き方に干渉せず、意思を尊重してくれたことです。大学を中退して、芸能界に入ったのですが、芽が出ない。親戚からはいろいろと言われて、母は肩身が狭かっただろうと思います。でも、就職しろだの、結婚しろだのと言われたことは一度もなかった。20代ぎりぎりでチャンスをつかめた。早く諦めていたら今はないでしょう」

――自身も12年に乳がんを発症されました。

「母が元気になったかと思ったら、今度は私です。情報番組をやっている関係で乳がんの情報に触れているはずなのですが、どこか人ごとだったんですね。我が身にならないとわからない」

「がんセンターであるとき、チラシが目に留まりました。『慌てて仕事をやめてはいけない』と書いてある。実は10年に脳梗塞を発症しました。そのときは隠していました。脳梗塞だとわかったら、仕事が来なくなると思ったからです。乳がんは公表しました。治療を続けながら働くのは当たり前。そんな時代になってましたから芸能界も」

「母の手術の際にも感じたことですが、ただ治ればいいのではない。治った後、元の生活にいかに近づけるのかが大事。母はダンス、私は仕事があってこその人生です」

――現在は、お母様と同居していますね。

「21歳くらいで実家を出てから久しぶりの同居。母の独り暮らしを心配して、妹と弟が『うちにおいで』と声をかけていたのですが、『足腰がしっかりしている間は一人で暮らす。子供に迷惑はかけられない』と拒んでいました。ところが、3年半前に私が『うち来る?』と話したところ即答で『行く』。心細くなったのでしょうね」

「一緒に昼ご飯を食べています。和やかですよ。同居を始めてから、一度もけんかをしていません。この先もしないでしょうね。私にも、けんかしそうだなと思ったらパッと引く余裕が出てきましたから」

[日本経済新聞夕刊2018年3月20日付]

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