外国人があこがれる宿 古民家・宿坊、人気の理由
インバウンドサイト発 日本発見旅
近年、外国人に人気なのが、古民家や宿坊など伝統的な日本家屋の宿です。ディープな体験の場として注目される宿を外国人の目線で案内します。
バラエティーに富む日本の宿
日本の宿泊施設は非常にバラエティーに富んでいるといわれます。日本で誕生したカプセルホテル、ビジネスホテルから高級ホテル。旅館も小規模旅館から高級旅館、温泉旅館まで多彩です。さらに民宿、ペンション、ユースホステル、ゲストハウスなど。2018年6月から施行される「住宅宿泊事業法」(民泊新法)で法整備が整う民泊も今後注目されそうです。
そんな中で近年、外国人観光客に人気なのが伝統的な日本家屋の宿です。これもやはり多種多様で、古民家、本陣・陣屋、はたご、ファームハウス(農家)、町家、宿坊などの形態があります。特にリピーターで日本を訪れる外国人は「伝統的な日本を体験したい」「日本のふつうの生活体験をしてみたい」と考えている人が多く、都会を離れた田舎の古民家や京都の住宅街にある町家に泊まることは、そのような思いをかなえられる方法の一つなのです。
新しいスタイルの古民家宿が増える
これまで私自身も、取材に同行して各地の日本家屋の宿に泊まってきました。中でも感動したのは白川郷(岐阜県)の合掌造りの民宿でした。世界遺産の村で、しかもあの合掌造りの家に泊まれるなんて思ってもみなかったので、行く前からワクワクだった一方、不安もありました。部屋やトイレ、お風呂はどんな感じなのだろう?と。
しかしそうした心配は杞憂(きゆう)でした。トイレは水洗、お風呂と洗面所は新しくて快適。部屋と食事をする囲炉裏の間は昔のままですが、手入れが行き届いています。冬に行ったときは軒下から地面に届くほどのつららができる寒さのなか、民宿のご主人が囲炉裏に太いまきをくべて、火を絶やさないよう目を配っているのが印象的でした。囲炉裏を囲んで食べる郷土料理や飛騨牛は格別の味がしました。
昼間は観光客でいっぱいの白川郷の集落も夕方以降は人が少なくなり、早朝や夜に散歩するといろいろな発見があります。夜は本当に静かで星がきれいに見えますし、朝はまだ人がほとんどいない村の景観を楽しめるのです。
夫のシャウエッカーいわく「ディープな経験をしたい観光客がたくさんいます」。ジャパンガイドが実施している満足度ランキングでは、トップ10に白川郷の合掌造り民宿と高野山の宿坊が必ず入ってきます。見るだけではなく宿泊という経験ができる。そのポイントは高いようです。
東洋文化研究者として有名なアレックス・カー氏が、徳島県の祖谷(いや)で古民家再生プロジェクトとして修復した古民家一棟貸し切りの宿はたいへんな人気で、ブームの先駆けとなったといえるかもしれません。現在は長崎、香川、奈良、岡山、静岡などにも活動の拠点を広げているそうです。
24時間、どっぷり浸れる体験がしたい
「ディープな経験」とは、具体的には何を指しているのでしょうか。シャウエッカーはそれを、24時間のimmersionだと表現します。immersionとは「没入、浸すこと」。日本の文化にどっぷり浸ることを表しているそうです。
そんな体験ができる場所の一つが、京都の美山です。ここにはかやぶき民家の宿が10軒以上あり、私たちは1日1組限定で貸し切りにする「美山FUTON&Breakfast」に宿泊。英国などにある宿Bed&Breafastをもじったネーミングです。
夕食は自炊でもよいのですが、そのときは地元の料理旅館のシェフが来て夕食を作ってくれるプランを利用し、囲炉裏を囲んでいただく最高のディナーになりました。
シャウエッカーにとってさらに印象的だったのは、夏でもエアコンがなかったこと。訪れたのは7月でしたが、家の障子を全部開けると風が通り抜けて涼しくなります。昔の日本はきっとこんな感じだったのでしょう。夜も朝も本当に静かで、聞こえてくるのは鳥や虫の声、川の音や風の音。朝、周辺を散歩した時、田んぼをよく見ると小さいカエルがたくさんいて驚いたり……。そのような経験は、私ですらほとんどしたことがありませんでした。
美山の風景はスタジオジブリのアニメに出てくるトトロの森にどこか似ています。『となりのトトロ』を見てあの森や里山の雰囲気が好きになり、風景が似ている美山で1~2泊だけでも映画と同じような生活をしたい人は多いのではないでしょうか。
ジャパンガイドのスタッフのレイナも、古民家に魅せられた外国人の一人。彼女が興味を持ったきっかけは、古民家の保存・再生を手掛ける建築家の瀧下嘉弘氏を追った短編ドキュメンタリー「Minka」(2011年)を見たことだったそうです。
その後、取材で祖谷の篪庵(ちいおり)、五島列島の小値賀町(おぢかちょう)の古民家に宿泊しました。いずれも前出のアレックス・カー氏が手がけた再生プロジェクトによるものです。
レイナに感想を聞いてみました。
「やっぱり外国人はこういう木造の家にあこがれます。JAPANという感じがとてもするから。囲炉裏もあたたかいし、かやぶきも好きです。古民家のある場所は田舎が多くて行くのがちょっと大変だけど、静かで、朝起きたときの景色がとてもきれい。雨の日でも雰囲気がよくて、周囲の自然の景観がすばらしいですね」
高野山に泊まる外国人、3年で3倍増
「宿泊」という観点では少し特殊なのが、寺や神社の宿坊に泊まる体験です。本来は僧侶や参拝者のための宿泊施設ですが、近年では一般の観光客も受け入れる宿坊が増加。日本人からすると、修行のイメージがありますが、これもまた外国人観光客にたいへん人気なのです。
一口に宿坊といっても設備や内容は様々。ふすまで仕切られた和室でお風呂とトイレは共同というところから、バス・トイレ付き個室が完備されたところや、旅館のような雰囲気の宿坊も少なくありません。洋室にベッドという部屋も最近はありますが、外国人観光客用というより足腰が弱くなったご高齢の利用者のためのもので、外国人はむしろ和室を好んでいます。朝のおつとめや護摩祈祷(きとう)などへの参加は自由ですが、観光客として拝観できる範囲よりさらに奥で、仏教や神道の世界に触れ、ふだんはできない貴重な体験ができるので、参加する人は多いようです。
全国各地にある宿坊の中で、とりわけ外国人に人気なのが高野山です。シャウエッカーによると、人里離れた山の上に、金剛峯寺を中心とした117もの寺がある町が存在する、そのミステリアスな雰囲気に外国人はたいへんひかれるのだそうです。そのうち52の寺に宿坊があり、英語が話せる僧侶やスイス人の僧侶がいる寺もあることから外国人観光客が急増。16年には、3年前の3倍となる約5万6000人の外国人が宿泊しています。
新しい観光資源の可能性
古民家や町家が宿として再生されることは、外国人観光客にとっては日本でのかけがえのない経験ができる場になりますが、同時に日本のツーリズムにとってもよいことだと思います。元の家を生かして最小限の修復を実施すればリーズナブルな宿に、内装や水回りに手を入れてラグジュアリーな雰囲気にすれば高級な宿にでき、旅行者の予算に応じた宿の提供が可能になるのです。
現在の日本は空き家が急増しています。それらを上手に再生して利用すれば、すばらしい町や集落ができる可能性もあります。年々、数が減少している京都の町家も、条例で取り壊しの条件が厳しくなったことで今後は壊さずに活用できる道が開けていくかもしれません。これからも古民家を改造した宿は増えそうですが、空き家の問題も解消されながら、新たな観光資源が生まれることを願っています。
ジャパンガイド取締役。群馬県生まれ。海外旅行情報誌の編集者を経て、フリーの旅行ライターとなり、取材などで訪れた国は約30カ国。1994年バンクーバーに留学。クラスメートとしてスイス人のステファン・シャウエッカーと出会い、98年に結婚。2003年、2人で日本に移住。夫の個人事業だった、日本を紹介する英語のウェブサイト「japan-guide.com」を07年にジャパンガイド株式会社として法人化。All About国際結婚ガイド、夫の著書「外国人が選んだ日本百景」(講談社+α新書)「外国人だけが知っている美しい日本」(大和書房)などの編集にも協力。
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