日経Gooday

1998~2000年は、1989~95年に比べて40~60代男性の自殺率が多いのが分かる。※厚生労働省「平成29年版自殺対策白書」の「自殺者数の推移」(自殺統計)を基に、張賢徳さんが作成

景気回復は必ずしも自殺者減少にはつながらない

――自殺者数の推移を見ると、2012年に3万人を下回って以降、減少傾向が続いているようです。これは、景気回復が要因なのでしょうか。

そう見る向きも多いのですが、必ずしもそうとは言えません。2001年に小泉純一郎総理大臣のもとに発足した小泉内閣では、「聖域なき構造改革」をスローガンに様々な経済政策の措置が取られ、2002年から2008年にかけては「いざなみ景気」と呼ばれる景気拡大の時期がありました。しかし、当時の自殺者数は3万人を超えたままです。

現在もまさにそうですが、経済の指標だけを見ると景気回復しているような時期でも、私たち一人ひとりがそれを実感できているかというと、そうでもないという声は多く聞かれます。また、90年代後半の金融危機以降、日本企業では終身雇用制度が崩壊し、成果主義が導入されるなど劇的な変化があり、働く人々はストレスにさらされやすい状況に置かれています。ですから、「経済指標が良くなれば自殺者は減る」といった単純な考え方はできなくなっているのです。

――では、自殺者数の減少に大きく寄与している要因には、どんなことが考えられるのでしょうか。

最も大きな要因は、「自殺対策基本法」が制定されたことだと思います。98年に自殺者数が激増した当時、自殺予防に関わる精神科医などの専門家の間では大変な驚きがあった一方で、一過性のものかもしれないという見方もありました。ところが、2000年代になっても3万人超の状況が続いたことで、専門家や政府が対策に乗り出し、2006年には民間団体「自殺対策支援センター ライフリンク」などの熱心な活動もあって、自殺対策基本法が施行されました。そして2007年、自殺対策基本法に基づき、政府が推進すべき自殺対策の指針を定めた「自殺総合対策大綱」が閣議決定されたのです。

※「自殺総合対策大綱」(2007年)を基に、張賢徳さんが要約

これにより、自殺予防のための調査研究や啓蒙活動、地域や学校・職場の体制整備、うつ病などのメンタルヘルス対策など様々な取り組みが、多額の予算を投じて実施されてきたことで、自殺者数の減少につながったと考えられます。

ただし、ここで強調しておきたいのは、自殺者数が減少しているといっても、98年の激増前の水準に戻ったにすぎないということです。2017年の自殺者数は8年連続減少の2万1321人、人口10万人当たりの自殺者数を示す自殺死亡率は16.8(厚生労働省、警察庁「平成29年中における自殺の状況」)となっていますが、諸外国と比較すると、日本の自殺死亡率は依然として高く、深刻な状況といえます。オーストラリア、カナダ、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ニュージーランド、韓国、ロシア、英国、米国、そして日本の12カ国のデータがそろう2011年では、韓国に次いで2番目に自殺死亡率が高くなっています(厚生労働省「平成29年版自殺対策白書」)。

また、98年以降に激増した中高年男性の自殺者は確かに減少しているものの、未成年の自殺者数が微増しているほか、60歳以上の自殺者数はほぼ横ばいで、70歳以上の自殺率は上昇傾向にあります。今後はこうした新たな課題への対処が求められています。

前編「医師が語る 自殺する人と、踏みとどまる人の違い」でお話ししたように、日本人にはもともと自殺を容認しやすい文化・社会通念が素地にあり、かつての金融危機のような社会を揺るがす出来事が起こったときには、再び自殺者数が急増する懸念があることを理解しておいてほしいと思います。

「死にたい」は「死にたいほどつらい」のSOSサイン

――家族や同僚など身近な人がうつ状態で自殺が心配されるときや、実際に「死にたい」と言葉にしたとき、私たちはどのように対応すればいいのでしょう。

自分の身近な人から「死にたい」と言われたとき、多くの人は驚いて、「そんなバカなことは言わないで!」といった反応をしがちです。でも、それでは相手は否定されたような気持ちになって、心を閉ざしてしまいます。