AI女子を増やせ 中高生向け教室、理系選ぶ動機に
人工知能(AI)の研究で、女性が活躍する裾野が広がりつつある。イベントには学生から社会人まで幅広い年齢層の女性が集まり、交流を深める。AIが広く社会に受け入れられるためには、多様な生活領域を持つ女性の視点が欠かせない。
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2月18日、都内のオフィスの一室では、女子中高生が真剣な視線をパソコンに向けていた。画面には打ち込んだばかりのアルファベットや数字の文字列が並ぶ。AIに大量の画像を学習させ、イヌとネコを見分ける機能を持たせるのだ。学生向けに扱いやすくしているが、AIが自ら特徴を学ぶ深層学習という最新技術を肌感覚で知る講座だ。
将来はエンジニア、AIつくりたい
高校1年生の沢口瑠菜さん(16)は「ロボットを動かすAIを作ってみたい。将来はエンジニアを目指している」と目を輝かせる。部活動でロボットを作るうち、それを動かす頭脳に興味が湧いてきた。一緒に参加した母親の一枝さん(41)は「娘は講座で同じ興味をもつ女子学生と仲良くなった。貴重な出会いの場になっている」と話す。
同講座はプログラミング教育のライフイズテック(東京・港)などが開いた体験会で、全国からAIに関心がある中高生が集まった。応募した学生の3分の1は女子学生だったという。アニメ作品に出てくるハッカーに憧れたり、技術を学ぶのが就職に有利そうだと考えたり、参加を決めた理由は様々だ。
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AI研究者による講演もあった。登壇した東京大学の山崎俊彦准教授(41)は、演説がいかに聴衆の心を打つかなどの「魅力度」を解析するAIの開発に挑む。女性の化粧を解析するAIも開発中だというが、実際に研究室で手を動かしているのは男子学生なのが悩み。山崎准教授は「これからのAI開発の現場では、女性の感性が必要になることも多くなる」と話す。
講演で山崎准教授は、開発者になるにはAIの仕組みを理解する数学力、最新の論文を読み解く英語力、アイデアを表現する国語力が必要だと力説した。「実際に触れて感じた驚きで、学ぶ意欲も高まる。AIを志す女子学生が増えてほしい」と期待する。
ライフイズテックはほかにも「Code Girls」という女子中高生向けのプログラミング教室を開いている。IT(情報技術)企業と協力し、アプリ開発などを体験できる。また女性エンジニアが会社で働く体験談を語る。
同教室を担当する西村諭美さん(28)は「白衣で部屋にこもるイメージではなく、IT企業で活躍する女性社員と話すうちに、格好良い姿に憧れを抱く学生は多い」と話す。女子学生の大半が文理選択の段階で文系を選ぶ。でも自分が将来に活躍する姿をモデルとして具体的に思い描ければ、理系を選ぶ動機になる。
社会人向けのイベントも増えている。AI開発に携わるエンジニア、宮川彩さん(27)らは「AI×Analytics×女子部」と名付けた勉強会を開いた。宮川さんは「女子の女子による女子のためのイベントにしたい」と意気込む。開催する時間を早め、子を持つ母親も参加しやすいように工夫した。
伊藤忠テクノソリューションズが協力、会場にはAIに興味を持つ50人ほどの女性が集まった。業界で活躍する女性エンジニアらが次々に登壇し、基本的な仕組みやビジネスでの活用事例を紹介した。
勉強会に参加した梅ケ谷南さん(26)は「別の勉強会に参加したが、AIに詳しい男性ばかり。足が遠のいていた。女性だけなら参加しやすい」と話す。イベント後のアンケートでは次回は自分が発表したいとの希望が出るなど積極的な参加者が多い。
第一線で活躍する女性研究者もじわじわと増えてきた。電気通信大学の坂本真樹教授(48)は「ふわふわ」や「つるつる」といったモノの質感を表す言葉、オノマトペを解析するAIの開発に取り組む。オノマトペは微妙な感覚を人に伝えるのに役立つ言葉だ。坂本教授は「女性には細かい感覚の違いを豊かに表現できる人が多い。結果的に女性らしい研究になっているかもしれない」と話す。
AIのとっぴさ、人間の感性ですくい取る
坂本教授はAIを社会生活で活用する試みに力を入れる。例えば手書きのイラストを分析し、そのイメージで歌詞をつくるAIをつくりだした。できた作品はアイドルグループの仮面女子に提供した。
AIが歌詞を生み出している段階で「言葉の意味が良く分からない」と削除されそうになったオノマトペのフレーズ「にこにこうぱうぱブルーベリー」があった。ところが研究室の女子学生の「その表現、かわいい。なくさないで」という一言が削除の危機を救った。歌った仮面女子のメンバーが一番のお気に入りに選んだのは、そのフレーズだったという。
坂本教授は「AIと人間が共存するには、AIが生み出した突飛と思える結果を、人間の感性ですくい取ることが必要になるだろう」とAI女子を目指す学生にエールを送る。
もちろんAI研究者に男性が多いことは事実だ。女性が入りやすい環境作りが、思ってもみない発展を生み出すかもしれない。
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地道な取り組み、重要
女子中高生がAI技術を駆使する光景には、驚くばかりだった。ほとんどが初心者というが、指導する大学生の助言を受け、最新技術を巧みに使いこなしていた。AIを志す女子中高生には、頼りになる大学生の姿が最初に触れ合う目標になる。やがて自らが大学生になり、指導する側になる例もある。同分野の研究で、良い循環が生まれることに期待したい。
AIは一見すると華やかな世界だが、真に理解するためには数学の知識、理系の素養は欠かせない。「大学入学で文系と理系の進路選択をする前に、面白さに触れてもらうことが大切」。ライフイズテックの西村さんは女子中高生向けのイベントを開く意義をこう強調する。現状では文系を選ぶ学生が圧倒的に多い。流れを変えるには地道な取り組みが重要だ。最新の技術に触れた感動が、勉強を続けるモチベーションになるだろう。
(遠藤智之)
[日本経済新聞朝刊2018年3月19日付]
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