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巨大どら焼き、なぜ誕生? 小さなチロルチョコと同郷

2018/3/20

成金饅頭やチロルチョコ、名菓ひよこなど筑豊のスイーツの数々

 3月12日、東京秋葉原にチロルチョコのアンテナショップがオープンした。事前の告知がなかったにもかかわらず、開店前には行列ができ、連日多くのファンでにぎわっている。

 今やコンビニの定番商品となったチロルチョコだが、実は福岡県田川市、炭鉱で知られる福岡県中央部、筑豊地方で誕生したことをご存じだろうか。筑豊はチロルチョコの他にも、飯塚市発祥の名菓ひよ子や同じく飯塚発祥のチロリアンなど、様々なスイーツを生み出した地域として知られる。さらに直方には、何とLPレコード大の巨大などら焼きもあり、地元の名物として愛されているという。

 なぜ、筑豊にはスイーツが多いのか? それには、筑豊の地理とかつての基幹産業だった炭鉱とが大きく影響している。

 日本の近代化の過程で、筑豊の炭鉱とその石炭を使った八幡の製鉄が大きな役割を果たしたことは、前回の「田川ホルモン鍋、焼かない鉄板焼き 炭鉱の歴史を映す」でも紹介した。

3月12日、オープン当日の秋葉原チロルチョコショップ

 実は「筑豊」という呼び名が誕生したのもこの時で、遠賀川流域にいくつも炭鉱が発見された後、ちょうどその一帯が筑前国と豊前国の境目だったことから、双方の1文字ずつを取って「筑豊」という地域名が付けられた。

 その筑豊を横断しているのが長崎街道だ。長崎街道は「シュガーロード」とも言われ、砂糖が非常に貴重だった明治以前には、長崎港から日本に入ってきた砂糖が、この道を経て京都まで運ばれていた。そのため、長崎のカステラをはじめ、佐賀の小城羊羹など、長崎街道の道筋には多くの名の知れたスイーツが誕生している。

 そんな長崎街道筋でも、特に炭鉱が主産業だった筑豊で多くのスイーツが誕生した。炭鉱での仕事は過酷で、前回紹介した田川ホルモン鍋など、独自のスタミナ食が誕生していることが背景だ。

 糖分は即効性の高いエネルギー源でもある。試合時間の長いゴルフなどでは、選手が試合中にチョコレートやバナナなどを食べたりする。血糖値を維持することで、最後までパフォーマンスの高いプレーを保つためだ。カーリングの「おやつ」も話題になった。炭鉱で働く人たちも同様で、坑内に甘い物を持ち込み、疲れを癒やしたという。

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