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灘高突破の『ドラゴン桜』編集者 南アで培った勉強法 佐渡島庸平・コルク社長が語る(上)

2018/3/19

佐渡島庸平・コルク社長 

東京大学合格を目指す落ちこぼれ高校生の奮闘ぶりを描いた大人気漫画「ドラゴン桜」。その担当編集者として知られ、現在はクリエーターのマネジメント会社コルク(東京・渋谷)を経営する佐渡島庸平社長(38)は、灘高校(兵庫県神戸市)の出身。「ドラゴン桜」は、漫画の中に出てくるリアルな勉強法や受験テクニックが話題となったが、その多くは佐渡島氏自身の受験勉強法をヒントにしたものだった。

中学受験に失敗した。

小学6年の時に商社マンの父が南アフリカに転勤。中学受験を控えていた私は、しばらく日本に残って神戸市に住む同い年のいとこの家に居候しながら、予定通り中学受験することにしました。

しかし、受験した甲陽学院中学と東京の麻布中学は、いずれも不合格に。家族を追って南アに渡り、ヨハネスブルク市内の日本人学校に入学しました。

高校は日本の高校に通うつもりでしたから、受験に困らないよう、Z会の通信教育を受けようと考えました。しかし、日本と南アの間は、郵便が片道2週間、往復で4週間もかかる。どう頑張っても課題を期限までに提出するのは不可能。自己採点でやることにしたものの、結局やらずに終わりました。

当然ですが、南アには塾などありません。日本の受験参考書も売っていない。これは日本に帰ったら大変なことになると思いました。とりあえず、できることをやろうと考え、日本人学校の授業で使っていた教科書の中身を100%理解することに全力を傾けました。結果的に、この勉強法が後々、大きな威力を発揮することになります。

高校受験のことは常に頭の片隅にありましたが、かといって、毎日、何時間も机に向かって勉強していたわけではありません。南アの日本人学校は、現地の学校との交流が非常に盛んで、サッカーやバスケットボール、水泳など様々なスポーツの対抗戦が1年中ありました。放課後はいつも、対抗戦に備えた練習。テニスも大好きで、かなり打ち込みました。残りの時間は大好きな読書。勉強したという実感があるのは、中間試験と期末試験の前くらいでした。

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