「先生が生徒に学ぶ」灘高 上下ない校風、起業支える佐渡島庸平・コルク社長が語る(下)

今でも、灘高時代の友達と会うとすぐ議論が始まります。例えば、医者の友達と会った時に、「今、日本の医療制度って何が問題なの」と聞けば、相手はすぐに持論を展開し始めます。こちらが反論すると、さらに議論が盛り上がる。こちらの仕事に関して何か意見を求めれば、超外野的な意見をバンバン浴びせてきて、また話が盛り上がる。それがすごく楽しいですし、参考になることもよくあります。

受験勉強せずに小説を書いていた。

「灘高出身の起業家は少ない。そのせいか互助意識のようなものがあって心強い」と話す

小さいころから小説家志望でした。好きな作家は村上春樹氏。それで、村上氏と関係の深かった翻訳家の柴田元幸氏(現東大名誉教授)の翻訳作品もよく読むようになりました。私が高校生の時、柴田氏は東大の助教授をしており、将来は柴田氏のように大学で教えながら翻訳の仕事をするのもいいかなと思ったりもしました。それで、柴田氏に弟子入りしようと考え、東大の文学部を目指すことにしたのです。

しかし、高3になっても、受験勉強にぜんぜん身が入りませんでした。それどころか、高3の夏には、文芸春秋主催の全国高校生作文コンクールに応募するため、せっせと短編小説を書いていました。

コンクールは「文の甲子園」という名の通り、学校単位で、3人一組での応募が条件。しかし、私以外に誰も小説など書かないので、友達の名前を借りて、一人で3作品書いて応募したら、自分の名前で出した作品が個人賞をとりました。年明けに発表があり、3月の終業式の時に全校生徒の前で学校から表彰されたのを覚えています。

学校宛てに贈られた確か20万円ぐらいの賞金も、学校のはからいで全額、私がもらいました。東大入学のために上京した時は、その賞金で買った自転車で友達と2人でツーリングしながら東京に向かうという、ずいぶん無謀なこともしました。

話がややそれましたが、結局、東大の入試も、「ドラゴン桜」に出てくるような勉強法と受験テクニックでラストスパートをかけたら、何とかなったのです。

東大卒業後、講談社に入社。週刊「モーニング」の編集者として「ドラゴン桜」や「宇宙兄弟」など数々のヒット作を担当。2012年に独立し、コルクを設立する。

今は本が売れない時代といわれていますが、売り方次第です。時代が変わり、売れ方が変わっただけ。時代に合わせた売り方をすれば、まだまだ本は売れるはずです。

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