古地図に描かれた「悪魔の島」 カナダの東の海に?
ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界をまどわせた地図』は、古地図に描かれた「幻の世界」を集め、その由来や明かされた事実を解説する本だ。同書はこのほど、八重洲ブックセンター(東京・中央)が選定した「第1回 八重洲本大賞」を受賞した。
古地図の世界には、神話や伝承を基に描かれた想像上の記述もあれば、探検家の間違いや誤解、あるいは嘘から生まれたものもある。ここでは同書のなかから、カナダの東にあったといわれる「悪魔の島」の物語を紹介しよう。
奇妙な物音がする「悪魔の島」
奇妙な物音が聞こえてくると伝えられる悪魔の島──カナダのニューファンドランドにあるクワポン島は、かつてそういう闇に包まれた伝説の場所と考えられていた。16世紀のフランスの修道士で探検家のアンドレ・テべは、「悪魔の島」での体験談を出版し、「錯乱した男たちがわけのわからない言葉を大声で叫んでいる」と島の様子を表現した。そこは悪霊と怪物たちのすみかで、周辺の海域や島に入ってきた愚かな人間に悪意を持って襲いかかってくるという噂が広まっていた。テべは、自分はヨハネによる福音書の力で身を守り、助かることができたと主張した。
悪魔の島は、古くはヨハネス・ルイシュが1508年に作成した地図に登場する。カナダのラブラドルとグリーンランドを横切るギンヌンガガプ航路の中央付近に2つの「悪魔の島」が存在するのだ。この航路には大渦が点在し、北欧の人々に非常に恐れられていた。悪魔がいる島の話は北大西洋にも多く、中世初期の言い伝えに頻繁に登場する(北極海流による強力な嵐の発生も理由の一つだと思われる)。
1544年、セバスチャン・カボットはこれらの島の位置をラブラドル東部のニューファンドランドに近づけ、1つの「悪魔の島」として地図に描いた。ゲラルドゥス・メルカトルはニューファンドランドの北端に2つの島を配したが、オルテリウスが1570年に作成した地図では島は1つで、場所もカボットの地図と同じになっている。ウィレム・ブラウによる1665年の『アメリカ最新地図』にも「悪魔の島」は存在する。
悪魔の島を舞台として伝わる物語もある。貴族の娘マルグリット・ド・ラ・ロケは、恋人の水夫の子供を身ごもった。2人の関係が露見すると、彼女の叔父は、マルグリットと恋人と召使いを悪魔の島に置き去りにした。そして彼らの運命は島の獣たちにゆだねられた。マルグリッドは子どもを産んだが、赤ん坊も恋人の水夫も、召使の娘もみな死んでしまった。独りぼっちで取り残された彼女は、拳銃を手に猛獣たちとたたかい、偶然にもバスク人の漁師たちによって助け出されるまで生き延びることができた。
フランスに帰国した彼女はこの武勇伝で一躍有名になり、やがて女教師となった。前出のアンドレ・テベはこの物語を『普遍宇宙誌』(1575年)に書き、マルグリッド本人から聞いた話だと主張したが、実際はマルグリット・ド・ナバルの『ヘプタメロン』(1558年)とフランソワ・ド・ベルフォエの『悲話集』(1570年)に登場する物語を転用しただけだった(ナバルはこの話を「ロベバ―ル船長」から聞いたと言った)。また、19世紀にはカナダの詩人ジョージ・マーティンがこの物語をモチーフに『悪魔の島のマルグリット』と題した詩を書いている。
悪魔の島は16世紀後半に描かれたメルカトル、ルイシュ、オルテリウスらの地図に載っているが、17世紀半ばに正式な地図からは姿を消している。
[書籍『世界をまどわせた地図』を再構成]
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