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カリスマの直言

日銀、秩序ある出口に危うさ 歴史に教訓(加藤出) 東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2018/3/19

日銀は秩序ある「出口政策」を実行できるのか。写真は参院議運委で所信聴取に臨む黒田総裁(3月6日午後)
「日銀が保有する国債は歴史的にも圧倒的に高水準だ」

米首都ワシントンの「国立アメリカ歴史博物館」の3階に、「Price of Freedom」(自由の代償)という常設展がある。米国の戦争の歴史が展示されており、これを見ると、この国は建国以来、現在に至るまで延々と戦争を続けてきたことを実感する。

第2次世界大戦のコーナーには、米国の宿敵として東条英機、ヒトラー、ムッソリーニの3人の写真が大きく掲げられ、その奥の方に、米国民に戦時国債の購入を推奨するポスターがいくつか展示されている。「攻撃だ、攻撃だ、攻撃だ、戦時国債を買おう」「あなたがそれ(戦時国債、戦時切手)を買えば、我々は彼ら(パイロット)を飛び立たせる」といったコピーが描かれている。

真珠湾攻撃による太平洋戦争開戦の翌年(1942年)、米政府は軍事費を安定的に調達するため、米連邦準備理事会(FRB)に長期国債金利の上限を2.5%に固定するペギング政策を命じた。FRBは長期金利が上昇しそうになると市中から国債を買い取ってそれを抑え込んだ。

■戦時下に日銀は国債を引き受け

しかしながら、FRBに過度に国債を買わせるとインフレ率が高騰する恐れがあった。このため、米政府は家計部門にも国債をできるだけ買わせようと、先ほどのポスターのように、愛国心に働きかける国債販促キャンペーンを大規模に展開した。

日本においては、42年に(旧)日銀法が制定された。それ以前から日銀は国債引き受けを実施していたが、同法によって戦時下に急膨張する軍事費を日銀が国債引き受けによりファイナンスしていくことがより明確化された。

しかし、日銀が保有する国債(長期国債+短期国債)の名目GNP(国民総生産)比を見てみると、その上昇ペースは意外にスローだった。太平洋戦争開戦の前年に10%だった同比率は、敗戦前年の44年でも12.8%だ。なぜなのだろうか?

実は、日銀は太平洋戦争中に引き受けた長期国債の約9割を民間金融機関のほか、郵便貯金の資金運用を担う預金部(後の財務省資金運用部)、さらには郵便局に売却していた。

日銀が国債をそのまま保有していると「ハイパーインフレ」が起きると政府も日銀も恐れたからである。日銀が郵便局に売却した国債は、窓口を通じて個人に販売された。その点においては前述の米国のケースと似ているといえる。

■日本は米国よりひどいインフレ

それでも、日米ともに戦中から戦後にかけてインフレ率は高騰した。米国では消費者物価指数(月間)の上昇率が42年に前年比で13%に達することもあった。戦後の47年(FRBの長期金利ペギング政策はまだ継続されていた)には一時20%台を記録している。

敗戦国の日本のインフレは米国よりもはるかにひどかった。東京小売価格指数の上昇率は44年に前年比で12%、45年(敗戦の年)には45%に達した。ただし、これは物価統制による公定価格を集計した統計である。実勢のインフレ率はそれよりもはるかに高かった。日銀が闇市の価格を集計した東京実勢小売物価指数によると、45年末の消費財の価格は公定価格の約37倍に達していたという。

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