「チェアスキー」日本で進化 トヨタの技術でより軽く長野パラでアルミ採用、平昌はコンピューター解析で磨き

トヨタ自動車もチェアスキーの開発に加わった(3月10日、平昌パラリンピックの男子滑降座位で銀メダルを獲得した森井大輝選手)=共同
トヨタ自動車もチェアスキーの開発に加わった(3月10日、平昌パラリンピックの男子滑降座位で銀メダルを獲得した森井大輝選手)=共同

平昌パラリンピックのアルペンスキーでは、脊髄損傷などの障害でチェアスキーに乗る座位の選手が活躍している。チェアスキーは日本で進化し、世界へ「メード・イン・ジャパン」が広がった。今回、モノ作りニッポンの代表格といえるトヨタ自動車が参入して最新鋭機を開発。再び大きな注目を集めている。

80年に完成したチェアスキー1型機(神奈川県総合リハビリテーションセンター提供)

米国で生まれたチェアスキーが日本に紹介されたのは1970年代前半。スキーの経験がある障害者から欲しいという声があがり、「日本にないならば作っちゃおうと思った」と神奈川県総合リハビリテーションセンターの沖川悦三主任研究員。福祉用具を製造していた同センターが、黎明(れいめい)期の開発を担うことになった。

試行錯誤の末に80年に1型機が完成。ただソリに近い代物で、「斜度20度以上にはいけないし、リフトにも乗れなかった」(沖川さん)。もっと高度なチェアスキーを求める人も増え、発想を転換した。「障害者を助けるための機能をやめ、本人に残された力を信じて余分なものを取った」

コブ斜面での衝撃も吸収できるよう、バイクで使うサスペンションのようなバネをシートと板の間に入れた。その後、金属製の四角形のフレームでシートを支える形にして、今のチェアスキーの原型ができあがる。この4型機を使った日本人選手が90年世界選手権で銀1つ銅2つのメダルを獲得する成果を出した。

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