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東京ふしぎ探検隊

2018/3/11

東京ふしぎ探検隊

都営新宿線と京王線のレール幅は1372ミリ(東京都渋谷区)

変更を拒否した京王 新宿線が計画変更

では新宿線はどうか。なぜ1372ミリという中途半端なレール幅なのか。

新宿線も、浅草線、三田線と同じく、計画当初は1435ミリとなっていた。1970年代後半、都は新宿線と京王線が直通運転するにあたって、京王帝都電鉄(現・京王電鉄)に対してレール幅の変更を求めた。京王線は当時、1372ミリだったからだ。

だが、京王は1435ミリへの変更を拒否する。1978年(昭和53年)発行の社史「京王帝都電鉄30年史」に、当時の苦労が記されていた。レール幅を変更する改軌を社内で検討した結果、無理だとの結論が出たという。

「改軌についてはあらゆる角度から検討を進め、工事期間中各ネック区間における輸送力と輸送量の比較、代行輸送機関(バス)の輸送効率およびこれと関連する道路交通の混雑、折返し設備設置の可否、乗換駅における混乱および輸送サービスの低下等を含め、最終的には改軌は非常に困難との結論」

結局、新宿線が計画変更することで折り合った。

ところでそもそも京王はなぜ他社がほとんど採用していない1372ミリだったのか。

ルーツを探ると、馬車に行き当たる。馬車鉄道が採用していたのが1372ミリだったのだ。馬車鉄道から発展した路面電車も1372ミリを踏襲し、京浜(後の京急)や京成も1372ミリからスタートするなど、当時としては珍しくない軌間だった。

最後に大江戸線。都営地下鉄としては最後に誕生した路線だが、1435ミリの標準軌だ。直通相手がいないことに加え、「リニアモーター方式を採用したため、軌間は広い方が有利」(東京都交通局)との判断があったようだ。

レール幅が違うことで不都合はないのか。東京都交通局に聞くと、「保守車両を共用することが難しく、高コストになるなどの課題がある」とのこと。整備する工場も複数必要となるという。

東急が銀座線に合わせたレール幅を検討していた

ところで、レール幅を巡る物語といえば、東急と銀座線の秘話も外せない。東急は1956年(昭和31年)、「渋谷~二子玉川園(当時)」間、つまりは新玉川線の免許を申請する際、東横線などと同じ1067ミリではなく、1435ミリを採用した。

銀座線にはかつて、東急新玉川線との直通計画があった(東京都渋谷区)

すべては「銀座線への乗り入れを実現するため」。1980年(昭和55年)発行の「新玉川線建設史」はこう記す。その2カ月後に免許申請した新路線、「溝ノ口(当時、現在は溝の口)―長津田」間の田園都市線も1435ミリだった。東急は、銀座線に乗り入れて都心へ進出する腹づもりだったのだ。

ただ、方針は1年で覆る。銀座線ではなく、今度は小田急線との乗り入れを視野に入れ、1067ミリに計画を変更。この辺りの詳しい経緯は「東急・田園都市線は銀座線と直通予定だった」(2013年3月8日公開)を参照してほしい。

鉄道のレール幅の違いについて、ふだん意識することはまずない。わずか40センチほどの違いなんて、ホームから見ても分からないだろう。だが、鉄路の向こうには、血のにじむような歴史が刻まれている。

(生活情報部 河尻定)

鉄道ふしぎ探検隊 (日経プレミアシリーズ)

著者 : 河尻 定
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 940円 (税込み)

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