大規模災害に備え 働く人は自宅に3日戻れない想定を
「2017年前半ごろから、『南海トラフ巨大地震を想定した企業内訓練プランをつくってほしい』という要望が増えてきました」。企業向けの危機管理情報サービスとコンサルティングを手掛けるレスキューナウ 危機管理情報センターの三沢裕一グループリーダーはこう言います。
気象庁は17年11月、九州から東海地方にかけての沖合で発生が想定される南海トラフ巨大地震に関連する情報の運用を新たに始めました。月に1度の定例情報を出すほか、異常な現象が観測された場合などに「臨時情報」を出すことになっています。ただし臨時情報が出てからの対策は各自治体や企業にゆだねられています。
危機感が特に強いのは、全国的な店舗網や拠点を持つ企業。南海トラフ地震では東京と大阪の拠点が同時に被害を受けるという想定も必要で、広範囲におよぶ交通網の寸断や津波など、単独地震の比ではない被害が予想されます。
そのため、広域の拠点を対象にするBCP(業務継続計画)を策定する企業が増えつつあります。レスキューナウは、デジタル地図上に企業の拠点と各種の災害情報をリアルタイムで表示できる「レスキューWeb MAP」を提供しており、コンビニ大手などをはじめとして、BCPに利用する企業が相次いでいます。
BCPは損害を最小にとどめ、迅速な復旧と事業の継続を図るためのもの。「防災」は生命や財産を守るためのもの。個人のレベルでも、災害時に自分や家族を守る「防災」対策と、災害後の自分と家族の日常を支える「生活継続」対策を考えれば分かりやすいのではないでしょうか。
すぐ帰れないときの備えと対策を
2011年3月の東日本大震災。最大震度5強の揺れを経験した東京では、一斉に帰宅しようとする多くの帰宅困難者が発生しました。
そこで、首都直下型地震など大きな災害が起きた場合、都は企業に対して従業員の一斉帰宅を抑制すること、全従業員の3日分の水や食料を備蓄することを12年から条例で義務付けています(努力義務)。火災や建物の倒壊、道路の寸断など徒歩での移動が危険な上、消火や救助活動に支障をきたすおそれがあるからです。「これまでは災害時、まず自宅に戻ってそれからどうしよう、だったのが、戻れる状況にならないという想定が必要です」(三沢さん)
特に働く女性は備えを考えておくべきと三沢さんは指摘します。物理的に帰るのが難しい場合だけでなく、重要な業務や、会社のBCPの優先業務を担当している場合もあります。その際は、会社が標準として装備している食料や水、ヘルメットやブランケットなどだけでは不十分。特にこれまでの震災経験者からは着替えや衛生用品、化粧品などが必要だったという声が多かったのです。
熊本地震の際も、食料以外に避難所からの要請が多く、しかもなかなか届かなかったのが衛生用品や衣類でした。その他にも普段飲んでいる薬、コンタクトレンズなど必要なものを最低3日分、職場に準備しておくことを三沢さんはすすめます。
乳幼児や子どもを長時間迎えに行けない場合、安全な場所で過ごせるか確認しておくことが必要です。東日本大震災では、日ごろ「引き取り訓練」をしていたにもかかわらず、引き取りに行った親と子どもがすれ違いになったり、親が引き取りに行けないうちに子どもが単独で帰宅した小学校もあったりしました。中学生以上でも、安全に帰宅できると判断できない場合に、学校内で待機できる態勢が整っているか確認が必要です。
家族との安否確認の手段を事前に確認しておくことも重要です。地震直後に電話がかかりにくくなった際、東日本大震災や熊本地震ではメールやSNS(交流サイト)による連絡が有効でした。LINEは、災害時に公式アカウントから安否確認のメッセージが届く「LINE災害連絡サービス」を提供しています。SNSなど日ごろ家族で使っている通信手段を含めて、複数の連絡手段を決めておくと安心です。
地震など災害発生で電話がかかりにくくなった時に運用されるNTTの「災害用伝言ダイヤル(171)」は、自分の状況を知らせたい場合は自分の電話番号を、相手の安否が知りたい場合は相手の電話番号を入れると30秒以内で音声メッセージの録音や再生ができます。さらにウェブで使える「災害用伝言板(web171)」も災害時に運用されます。事前登録したメールアドレスや電話番号にメッセージが送れます。171もweb171も、毎月1日と15日に体験利用ができます。
各種の防災アプリを利用するのも手です。東京都は18年3月1日、「東京都防災アプリ」の提供を始めました。アプリの「災害時モード」では、自分や家族の情報を設定しておけば互いの安否情報や位置情報を確認できる機能があります。ほかにも災害情報のプッシュ配信機能や、防災知識をクイズやゲームで学べる機能などがあります。
生活継続に備えてローリング備蓄
「家庭での防災対策というとすぐに『何日分の備蓄』という発想になりますが、一番大事なのはまず身を守ること。家屋の耐震補強や、家具の転倒防止が先です」(三沢さん)。倒れて出入り口をふさぐような家具や危険な落下物はないか、ガラスなどが割れて飛散しないか、扉が開いて中の物が飛び出さないか、就寝時に周囲に危険なものがないかなどを再確認。「地震発生時にもし家の中に子どもだけだったら、高齢者だけだったら」と想像してみるのもよいでしょう。
食料の備蓄は、普段食べているものを中心にするのがよいといいます。「例えばスーパーで3日分の食材を買うところを1週間分買い、消費したらまた買い足すローリングをしていけば十分な備蓄になります」(三沢さん)
「減災と男女共同参画 研修推進センター」共同代表の浅野幸子さんも、非常食は特別なものを買う必要はないといいます。「長期保存できるアルファ化米などを非常用に買う人もいますが、レトルトがゆでも十分に代用できます。また、普段から食べ慣れているもののほうが非常時に食べやすいでしょう」。缶詰やレトルト食品など、日々のおかずや酒のつまみにも使えるものを少し多めにストックする「日常備蓄」をすれば十分な災害時用の備蓄になるといいます。
(コンテンツ編集部 秋山知子)
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