キュートさと実用性を両立 スズキ・クロスビー
東京モーターショー2017でプロトタイプを発表したかと思ったら、すぐに2017年の年末に発売され話題を集めたスズキの小型クロスオーバーワゴン「クロスビー」。小沢コージ氏によると「これは事実上の『デカハスラー』」。14年の発売以来、ずっと売れ続けている軽SUV「ハスラー」の魅力と、リッターカーならではの実力を兼ね備えているという。
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軽SUVの奇跡、ハスラーの事実上の拡大版!
ついに出ました新型コンパクトSUV、スズキ「クロスビー」! 17年の東京モーターショーに出品されていたから知っている人も多いと思いますが、コイツはそう、事実上の「デカハスラー」です。オフィシャルには明言されてませんが。
「ハスラー」は14年に発売されてから、ずっと売れ続けている「奇跡の軽SUV」。なぜ奇跡かというと、スズキ「Kei」(1998~2009年)やホンダ「Z」(1998~2002年)などの新型軽SUVは正直鳴かず飛ばず。ところがハスラーはデビュー直後から月6000~8000台レベルで売れただけでなく、14年7月には単月で1万4000台突破! 当時バカ売れのホンダ「N-BOX」は超えないまでも、コンスタントに売れ続けて今年1月も5000台で軽月間販売ベスト10入り。
「新車効果がなかなか続かない」といわれる昨今、この売れ行きはハンパじゃありません。実際、東京じゃさほど見ませんが、地方都市に行くと走ってる走ってる。それもオレンジやピンクのキュートカラーのハスラーに、オジサン、オバサンから若い女子までが乗り、エアロパーツやステッカーなどライトチューンが施されたクルマも珍しくありません。
聞けば4年間で約36万台も売れたそうで、日本の中でしっかり愛され、既にポジションができていることがうかがえます。
「俺たち自身が欲しくなるSUV」
ハスラーはなぜにそんなに売れ続けているのか。実はハスラーの中身は人気軽トールワゴンの「ワゴンR」で、広さ、便利さ、低燃費性共に十分。それもヒットの要因でした。
しかし小沢の独自分析ではハスラー最大のヒットの要因はやはりあのデザイン。今回小沢が勝手に命名した「おっさんキュートさ」にあります。
4年前に聞いて驚きましたが、ハスラーのエクステリアを手掛けたのは当時50代で定年も視野に入ってきた立派な「おっさんデザイナー」だった服部守悦さん。とても優秀な方で今は静岡文化芸術大学の准教授になられておりますが、当時交わした雑談を今もおぼえております。
「あえてイマ風のレトロデザインにしたんですか?」と小沢がたずねたところ「違う、俺たち自身が欲しくなるSUVにしたかったんだ」と服部さん。
そう言われて見ると力強い台形フェンダーアーチやら、そのまま鉄板化したくなる直線基調のバンパーなどが古典的なジープ風だし、なにより丸目ヘッドライトがクラシック。それでいて赤塚不二夫風に目玉がつながりそうな横ハネまで付いていて、ほどよく遊びも効いてます。
まさにこのおっさんにも愛されるキュートデザインこそが老若男女、若い女性にも受け、愛され続けている理由ではないかと小沢は思ったわけです。
一方でハスラーは軽で4人乗りだし、エンジンも660ccでぶっちゃけ長距離ドライブには向いてません。そこで拡大版ハスラーが望まれていたわけですが、スズキにはトラウマがあります。かつてワゴンRをベースに、1リッターエンジンを載せたワイドボディーの「ワゴンRワイド」を出したらさほど売れなかったのです。
よって「ハスラーワイド」的なネーミングはやめ、プラットフォームからエンジンまですべて刷新したことが一瞬で分かるクロスビーの名前にしたわけです。
ハスラーにホウレンソウを食べさせたらこうなる?
というわけでクロスビーで最も大切なのは、ハスラー譲りのおっさんキュートデザインと、中身が現行「ソリオ」であることです。ソリオは2015年にフルモデルチェンジしたコンパクトトールワゴン。今も月3000~4000台と手堅く売れていますが、このときにプラットフォームを完全新作、リッターカー用に最適化しました。従って走り、実用性ともにぬかりなし!
肝心のデザインですが、フロントマスクはまんまハスラー。キュートな横ハネ付き丸目ヘッドライトといい、多少厚めになりましたが薄手の網目グリルといい、ほぼそのまんま。リアのテールライトがいまいち不格好ですがタテ型で完璧にハスラーを意識。
一番違うのは全体の丸みとマッチョ感! 特にサイドパネルを見ればよく分かりますが、前後がモリモリ盛り上がっていて、窓枠も後端がキックアップしていて、ズバリ力強さ3~4倍増し。ポパイがホウレンソウを食べたときのような変貌ぶりです。
「加わったマッチョさがちとキモイ?」と思う人もいるかもしれませんが、やっぱり正常進化。左右フェンダーのプレスラインの位置にしろまんまハスラーでデザイナーが本来やりたかったSUVデザインがこうだったのかも、というバランスのよさです。
インテリアはハスラーよりハイクオリティー
そしてエクステリア以上に気に入ったのはインテリア。直線基調のハスラーもかわいかったけど、軽ならではの限界というか、独特のチープさもありました。あれがあのままクロスビーに移植されていたらやはり興ざめだったと思われます。
ところがクロスビーはフラットなハスラーの特徴を受け継ぎつつ、適度にハイクオリティー化。ぶっちゃけソフトパッドなどは使われてないし、ハスラーと同じくカラーパネルも使われていますが、質感といい造形といい、確実にパワーアップ。
特にセンターのエアコンパネルやセンターナビモニターはオシャレだし、それでいて助手席前に棚が付いているのも悪くない。本革巻きステアリングも自然にマッチしています。シートもサイズ、座り心地ともに軽自動車レベルではなく、完全に普通車のクオリティー。
もしやホンダ「ヴェゼル」より広さは上か
なにより圧倒的なのは広さ。これは予想以上というか完全にビックリしました。クロスビーはスズキらしく、思い切った決断で全長は3.7m台に抑えられています。これはほぼ日本専用車として開発されたからできたことで、やはり取り回しの良さに気を使った結果。
よって室内は狭めになっちゃうのか、と思ったら逆。フロントシートに身長176cmの小沢が座ったポジションで、リアシートで楽勝で足が組めるのです。狭いどころか、普通のSUVより広い。もしやホンダ「ヴェゼル」より上かもしれません。
ただしここには工夫があってまずはラゲッジが最小124Lと抑えてあって、大型トランクを立てて1つぐらいしか載せられないくらい割り切っているのと、シートをスライドさせているからです。
一番下げるとリアは快適、トランクは狭くなりますが、シートを前にスライドするとリアシートではヒザが付くか付かないか。一方ラゲッジはせいぜい200Lちょいで、それでもさほど広くはありません。
つまりパッケージ的にはまさにワゴンRのリッターカー版! 要は出来栄えはリッターカーで、しかしスペース効率は軽譲りなのです。
助手席下バケツやラゲッジ下に大容量アンダーボックスも付いてて、なんともスズキらしい小技の効いた実用SUVです。
軽さで走りと低燃費を両立
肝心の走りですが、ドアを開けてシートに座った瞬間からハスラーとは別物です。シートサイズは大きいし、座り心地に厚みがあるし、エンジン始動音からして軽すぎません。しかもクロスビーはソリオや「スイフト」でメインに使われている1.2L直列4気筒ツインジェットエンジンはあえて使わず、1L直列3気筒ターボ+6ATを搭載。
これが99ps&150Nmのトルク重視のターボパワーを低回転から発揮するだけでなく、ソリオ譲りの軽量ボディーを組み合わされて十分速い。出足からグイっと出るし、モヤーッと加速するCVTを使ってないのでダイレクト感も上々。
さらに小沢が重視しているステアリングフィールですが、16インチの十分なサイズのタイヤもあってガッチリ。乗り心地はそれなりに硬めですが、剛性感が軽とは全然違います。これだけでもクロスビーにした甲斐ありです。
おまけにFFで960kg、4WDで1000kgとスズキ自慢の軽量ボディもあって走りと低燃費が見事に両立されています。JC08モード燃費はFFが22.0km/L、4WDでも20.6km/Lですから。
実にスズキらしい実用性能の重視です。
安全装備も選べるのがスズキらしさ
一方はやりの先進安全ですが、歩行者まで認知する「デュアルセンサーブレーキサポート」やスズキコンパクト初の「後退時ブレーキサポート」、モニターで立体的に自車位置を確認できる「3Dビュー」も装着可能。
ただし、全車標準ではなく「スズキセーフティサポートパッケージ」抜きも選べるのがなんともスズキらしいところ。頭の硬い識者は、なぜ全車標準じゃないんだ! と怒るかもしれませんが。
おっさんキュートはもっと通用する!
聞くところによると、ハスラーの名前を残すか残さないかでは、社内でも結構な議論があったとか。それはその名が確かにブランド化しているから。日本で4年間も売り、約36万台ぶんのユーザーがいるわけですから。実際に軽サイズじゃ満足できなくなる人もいると思うんですよ。もうひと回りデカいのが欲しいな、と。
さらに小沢は勝手に思いましたが、ワゴンRには確かに軽のチープなイメージもあったかもしれないですが、ハスラーはポップな遊びのイメージもあるから、クロスビーではなく例えば「ハスラー2」でも悪くなかったのではないかと。まさに映画みたいではありますが(笑)。
ただし、これは日本国内に限った話。英語圏においてハスラーという言葉にはかなり強い「ならず者」的な印象があり、将来を考えるととても使えなかったそうです。残念。
とはいえハスラーデザインが持っているおっさんキュートさを拡大し、より広めるのは大賛成。この誰からも愛される、やり過ぎないキュートさは高い可能性を持っていると思います。同業者の中には「ハスラーをBMWミニみたいなブランドにしたほうがいい」という人すらいましたから。
1つだけ心配があるとしたら、スタイルにあの妙に幅の狭い、軽枠に無理やり閉じ込めたような歪曲(わいきょく)感、いびつさがないことでしょうか。
その結果生まれたクロスビーならではの「伸び伸びデザイン」には好感を持てるけれど、それが普通っぽいと見なされてしまう心配も多少あります。
とはいえ小沢的には絶対売れるはずだと! ダメだったら……ワタシが買いますよ、中古でね(笑)。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
[日経トレンディネット 2018年2月9日付の記事を再構成]
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