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成田3兄弟の末っ子、パラ参戦 「心震わせる滑りを」 スノーボードの成田緑夢選手、射程の金メダルにもこだわらず

2018/3/10 日本経済新聞 朝刊

トランポリン練習中の事故後、パラスノボに転向した。左足の障害で足首に力が入らない

 1998年長野五輪。新種目のスノーボードハーフパイプで前走を務めた選手らの中に、4歳の男の子がいた。後の2006年トリノ五輪で同種目日本代表となる兄の成田童夢さん、姉の今井メロさんと滑る姿は多くの人の印象に残る。

 あれから20年。24歳の青年となった成田緑夢(ぐりむ)選手(近畿医療専門学校)が挑むのは平昌パラリンピックのスノーボード。五輪とパラと舞台は違えど、初出場となる世界最高峰の戦いで、金メダルが有力なトップアスリートへと成長した。

2017年のシーズンからW杯に出場し、世界の強豪の仲間入りを果たした(17年7月のインタビューで)

 12歳でスノボから離れた後、トランポリン、ウエークボードなど様々なスポーツにチャレンジ。スキーのハーフパイプで五輪出場を目指し始めた矢先の2013年4月、トランポリンでの練習中に宙返りに失敗、左足に障害を負った。

 めげずにパラスポーツへと転向。回帰したスノボで昨季からワールドカップ(W杯)を転戦すると一気に強豪の仲間入り。2月にカナダであったW杯最終戦でも、様々な障害物のあるコースをデュアルレースで勝ち抜くクロス、傾斜するバンクの連続をどれだけ速く滑れるかを競うバンクドスラロームの両方で優勝。今季の総合優勝も決め、クリスタルトロフィーを手にした。

 当然、平昌で金メダルも視野に入るのだが、当人は全く関心を示さない。「目標はトップ選手と争い、見ている人がハラハラ、ドキドキするレースをすること。メダルにこだわりはないし、この色が欲しいというのもない」と断言する。

 ユニークな心情はパラスポーツを志した理由に根ざす。障害を負ってから出たウエークボードの大会で優勝したら、見知らぬ障害者がフェイスブックに「僕も頑張ろうと勇気をもらった」と書き込んでくれた。

 自分がスポーツをすることで人に「夢や感動や勇気を与えられる」可能性に気づいた。だから、心に刻まれるレースをして「人がちょっとでもあした頑張ろうと思ってもらえたら」。「記録」よりも「記憶」を目指す大会になる。

 もちろん、準備に抜かりはない。ライバルは義足の選手が多く、義足の足首の角度を固定することでボードのつま先側、かかと側に圧力をかけて自在に操作できる。だが成田選手は足はあるものの左足首は力が入らないので、特にかかと側の圧力が弱く、ヒールターンが苦手だった。

 だが今季から左足だけアルペン用のハードブーツに切り替えたことで足首を固定する効果が得られ、11月のW杯以降は「ヒールターンではこけていないから進歩している」と満足げだ。

 平昌に向けて気負いはない。「ビー(Be)緑夢でありたい」。自然体のまま、初の大舞台に臨む。

(摂待卓)

[日本経済新聞朝刊2018年3月5日付]

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