ただ、そういうプログラムは自分一人では書けないだろうから、優秀な人たちを集めてチームをつくりたいとも考えていました。実際、高校時代にはパ研の仲間とチームを組んで、プログラミングの全国大会に出場したこともあります。高校のときも部長を務め、文化祭用の機材をそろえるために先生と交渉するような仕事も率先してやりました。

「公式を覚えなくてはならない受験のための数学は大嫌いだった」と振り返る

現在、私がプリファードネットワークスでやろうとしていることは、優秀な頭脳を集めてチームをつくり、外部から資金協力を得て、世界的なソフトウエアを作ることです。考えてみれば、それはまさに、私が筑駒時代に描いていた夢でした。

ちなみにパ研は、私が部を引退した翌年、文化祭の人気投票で見事1位になりました。後輩たちががんばったのです。これはとてもうれしかった。

2017年末、テレビのバラエティー番組で、西川氏の受験勉強法が「赤点だらけの成績から受験勉強3カ月で東大に現役合格」とセンセーショナルに取り上げられ、話題になった。

筑駒に入ったときと同様、東大に進もうと思ったのも、動機はコンピューターでした。筑駒時代、東大の情報科学科の先生がインターネット上で公開していた講義資料をよく読んでいました。こんな面白いことを学べるんだったら、自分もぜひその先生のところで勉強したい。そう思ったのです。

それにはまず東大に合格しなければなりません。ところが、受験勉強を始める前の東大模試の成績は、理科1類の志望者が5000人いる中で、4500番くらい。合格するにはこれから3000人以上抜かないといけない。これは困ったなという状況でした。

私は、別に勉強が嫌いではありませんし、それまでも結構勉強はしていました。それなのに模試の成績が悪かったのは、科目の好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな科目、暗記科目は徹底的にサボっていたからです。数学でさえも、公式を覚えなくてはならない受験のための数学は大嫌いでした。理論さえ理解すれば、そんなものは、コンピューターにやらせればあっという間に解けるのに、その作業をなぜ人間がやらなければならないのか、理解できませんでした。

私だけでなく、筑駒にはそういう生徒が結構多いように思います。6年間、好きなことを思う存分やって、大学受験の勉強は最後の最後に集中してやる。それでもみんな何とかなるだろうと楽観的でした。

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