今も一橋大ラグビー部のOB会長をやっていることもあるし、つながりはどんどん広がっています。ラグビー部というのは、現役の選手だけでなく、OBを含めて時空を超えた「精神的なつながり」なんです。

マネジメントの立場でも、ラグビーの哲学は生きた。その1つが現場主義だ。

一橋大学ラグビー部時代、ボールを持って走る進藤氏=本人提供

ラグビーは徹底した現場主義のスポーツです。アメリカンフットボールや野球と違って、監督が一つ一つのプレーに指示を出すようなことは少ない。フィールドに出たら、選手がその場で判断する度合いが非常に高いんです。

しかも昔は選手交代がありませんでした。15人のうち1人がケガをしたら、14対15で戦わなければならない。実際、そういう試合をしたこともありました。フォワードが1人欠けた状態で懸命にスクラムを組み、協力して急いでボールを外に出す。このルールは、やはり英国のパブリック・スクールの考え方からきているのだろうと思います。団体競技は「戦争」です。戦場では交代要員などいない、という考え方なのでしょう。

僕は、一番現場に近い人に判断してもらう、というのを心がけています。現場で判断するしかないという場面は、仕事でもよく起きることだからです。東日本大震災のとき、製鉄所のある釜石の人たちは避難所で生活していました。現地に救援物資を送るんだけど、どう配るか、これは非常に難しい。どこも足りてないときに、本社から物資の配布基準をどうのこうのとはいえません。10人いるところに、おにぎりが1つしかないとき、申し訳ないけど判断は現場に任せるしかないんです。あの非常時、ラグビーの考え方が頭に浮かびましたね。

「チームの和を大事に」 度重なる合併をその精神で乗り越えてきた。

もう1つは、チームワークの考え方です。僕は、選手としても非常に「チームの和」を大事にするほうだったと思います。入社してからもずっと、どうしたら異なる組織が同じ価値観を共有し、一つのチームになるのかを考えてきました。僕は1973年に新日鉄に入社しました。八幡製鉄と富士製鉄が合併し、新日鉄ができて3年後です。この2社を比べると、八幡の方がトップダウンの色が強く、富士の方は競争する文化が強かったように思います。富士は、同じような製鉄所がたくさんあったからでしょう。

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