巨大湖が消える… 温暖化と過剰な取水で渇水が加速
南米ボリビアにあるポーポ湖は、かつて国内2番目の広さを誇っていた。だが、今はもうない。東京23区の5倍ほどの面積に匹敵する湖の水が、消えてなくなったのだ。同様に、世界各地の湖が、温暖化や水の使い過ぎが原因で枯れようとしている。水不足や汚染、鳥や魚の生息域の喪失は深刻さを増すばかりだ。湖の恩恵を受けてきた動物や地元の住民たちに未来はあるのだろうか?
「気候変動はあらゆる地域で確認されていますが、湖に与える影響はさまざまです」と話すのは、米イリノイ州立大学の水域生態学者キャサリン・オレイリーだ。たとえば中国東部の太湖では、農業排水や生活排水が流入し、シアノバクテリアが大繁殖している。さらに水温の上昇が拍車をかけ、200万人の飲み水が脅かされている。
東アフリカのタンガニーカ湖では、水温の上昇で漁獲高が減った。この湖で捕れる魚を食べて暮らしている人は周辺4カ国に数百万人もいて、その生活は危機に直面している。一方、パナマ運河は、エルニーニョ現象に伴い雨不足にたたられている。そのため、運河をつなぐ人工のガトゥン湖は、閘門(こうもん)を開閉して船を通すことも、飲料水の供給も難しくなりつつある。
温暖化の影響を受ける湖のなかでも、最も厳しい状況に置かれているのが、流入した水が海や河川に出ることがない内陸湖だ。こうした湖は水深が浅く、塩分を多く含み、環境の変化に左右されやすい。中央アジアにあるアラル海は、内陸湖に迫る悲惨な運命を物語っている。アラル海の場合、旧ソ連が灌漑(かんがい)事業で流入河川の進路を変えたことが消失の原因だった。
過剰な取水と渇水――内陸湖をめぐる同様のシナリオは、世界中で進行中だ。衛星写真を並べてみると、その現状に衝撃を受ける。アフリカにあるチャド湖は1960年代に比べるとすっかりやせ細り、魚も減り、農業用水も足りなくなった。イランのウルミア湖は、中東ではカスピ海に次ぐ広さの塩湖だったが、30年間で約8割も消失した。小型の甲殻類アルテミアを食べるフラミンゴはほぼ姿を消し、ペリカン、サギ、カモもいなくなった。残っているのは、沈泥に埋まった廃船と無用の桟橋、そして塩で覆われた不毛の大地だけだ。風に巻き上げられた塩混じりの砂は、農地を少しずつむしばんでいく。
気候変動で干ばつが頻繁に起きるようになり、湖周辺の夏の気温が上昇して、湖水の蒸発が加速したのは紛れもない事実だ。しかし理由はそれだけではない。一帯はリンゴ、小麦、ヒマワリの栽培がさかんで、違法に掘削された井戸が数千カ所もある。ダム建設や灌漑事業も数多く実施され、流入河川の水を横取りしてきたのだ。このままではウルミア湖も、アラル海のように乱開発の犠牲になると専門家は懸念する。
「水の民」の未来は
ボリビアのポーポ湖は、堆積物の増加と水の蒸発が進行して、いずれは世界最大の塩湖、ウユニ塩湖のようになるかもしれない。ボリビアのオルロ工科大学で自然科学の教授を務めるミルトン・ペレス・ロベラによると、湖が干上がるのは少なくとも1000年先のことと、これまでは考えられていた。ところが気候変動や干ばつ、流入河川の農業用水への利用、鉱山の採掘といった要因が重なり、変化が加速している。
ポーポ湖と運命をともにしているのが、「水の民」とも呼ばれる先住民ウルの人々だ。近年は湖が縮小して魚が減り、漁をするにも湖の中央部まで出なくてはならなくなった。2014~15年には、平年なら15~25℃の水温が上昇して湖面がさらに下がり、死んだ魚が大量に浮かび上がった。ボリビア保健省からウル最大のリャパリャパニ村に派遣されているフランズ・アスクイ・ズナは、水温が38℃を記録したのを受け、湖は「発熱している」と表現した。
湖に生息していた鳥たちは、食べ物がなくなって餓死するか、ほかの土地へ移動した。そして2015年、温まった湖水がアルティプラノ高原の風にあおられて大規模な蒸発を起こし、ついに湖は姿を消した。その後、2017年初頭には水位が少し回復したが、同年10月の衛星画像で、湖は再び消失寸前であることがはっきりした。
ポーポ湖の岸辺に住んでいた村人たちは、ほとんどが引っ越した。チリやアルゼンチンの織物工場や縫製工場へ出稼ぎに行く者もいれば、都会に出て日雇い仕事をする者、すずや鉛、銀などの鉱山で働く者もいる。ポーポ湖の未来の姿ともいえるウユニ塩湖で、塩の採掘に従事する者も多いという。
気候変動による環境の激変で移住を余儀なくされた人は、ウルだけでなく世界中にいる。気候変動で真っ先に打撃を受けるのは先住民だと、国連も10年前に警鐘を鳴らした。先住民の多くは狩猟や漁で生活の糧を得ており、自然の恵みに頼っているからだ。ノルウェー難民委員会によると、2016年に気象災害で家を追われた人は世界で2350万人と推定され、紛争や暴力で新たに発生した避難民690万人を大きく上回る。
(文=ケネス・R・ワイス、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2018年3月号の記事を再構成]
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