沖縄伝統の塩、自然の力生かす 全国製塩所巡り(1)
魅惑のソルトワールド(13)
みなさんは日本全国でどのくらいの種類の塩が作られているのか、ご存じでしょうか? 製塩所(塩を作る工場)の規模は大小実に様々ですが、なんと日本には500カ所以上の製塩所が存在します。これは世界的にも珍しく、近隣諸国を見わたしてみても、こんなにたくさんの製塩所が存在する国ってないのです。しかもその製法は非常に多種多様で、日本独自のものもちらほら。そう、実は日本はアジアナンバーワンの塩の名産地。塩のオリンピックがあったら、確実にメダル候補です。
さらに、その一つひとつに、生産者さんの熱い想いや魅力的な人柄があり、波瀾万丈(はらんばんじょう)の歴史あり、涙なしには語れない感動の物語あり……もちろんそうでないこともありますが……、とにかく、そういった味わい以外のことも、塩の魅力の一つなのです。
ということで、私が今までに訪ね歩いてきた各地の製塩所と、そこで生み出される塩、そしてそのおいしい使い方を、この連載の中に織り交ぜていきたいと思っています。
まずどこの製塩所をご紹介するのか頭を悩ませましたが、やはりそこは沖縄在住の身(移住して11年目)。第2の故郷びいきで、沖縄県の塩から紹介していこうと思います。
沖縄県は、沖縄本島をはじめ49の有人島と多数の無人島から構成されており、黒潮が流れるエメラルドグリーンの美しい海と、熱帯性・亜熱帯性気候で、年間を通じて温暖な気候に恵まれています。
かつては海水をひたすら釜で煮る製法が主流でしたが、1600年ごろの薩摩藩の進攻に伴って「入浜式塩田」が伝えられ、サンゴ礁のかけらを使用した沖縄独自の塩田が発展。その後、専売制度が始まるまで、少なくとも沖縄本島では盛んに塩作りが行われてきました(離島での塩作りは苦戦しましたが、それはまた別途ご紹介します)。
現在では、本島・離島を含めてなんと約30もの製塩所が存在し、多種多様な製法が行われています。面積約2,300平方キロメートルの小さな島々で、これほど多くの製塩所が存在するのは世界的にも珍しく、また、塩の数はなんと100種類以上にも及んでおり「塩の名産地」と称しても過言ではない地域なのです。
その中でも今回は、沖縄本島と橋でつながっている離島・浜比嘉(はまひが)島にある「高江洲(たかえす)製塩所」をご紹介します。浜比嘉島は、神々が最初に作った沖縄の始まりの地と言われている島で、今でも伝統的な建築様式の家屋と自然が残るのどかな場所。人口が少なく、漁業を中心とする島のため、生活排水や農業排水が少なく、清浄な海水が流れています。
製塩所は、島の端っこに位置し、敷地内には美しいエメラルドグリーンの海が広がるプライベートビーチを有しています。
高江洲製塩所を運営するのは、高江洲優さん。ご多分に漏れず高齢化が進む製塩業界の中でも若手のホープで、積極的な商品展開を行っています。
高江洲さんは、おじいさんが塩作りに携わっていたことから塩作りに興味を持っていたものの、本格的に始めたのは、2010年のこと。意外と最近です。さあ、塩作りをやろうと意を決したその時、ちょうどこの浜比嘉島にあった製塩施設が空き屋になるということがわかり、運命に吸い寄せられるように、あれよあれよとこの島へやってきました。
しかしながら、あるのは引き継いだ建物と釜一つ。製塩にきちんと携わったことがなく、ほぼ素人状態です。そこから独学で選んだのは、日本の伝統的製塩方法である「流下式塩田」でした。
数千本の竹枝を高い場所から組み上げた枝条架式塩田と、緩くなだらかに傾斜した地面を組み合わせて、そこに海水をかけ流すことで濃縮する方法です。屋外な上に、使うのは太陽と風の力だけ。日数もかかる上、雨が降ったら一からやり直しという効率の悪さで、今ではほとんど見ることができない製法です。
技術も発達し、どんな製法でも選べたはずの今、なぜこんな大変な製法を採用したのかと尋ねると「先人たちの知恵が詰まった伝統的な製法を伝えていきたいし、自分が感じたドキドキワクワクという気持ちを、みんなにも伝えたい。それに、この製法は沖縄の豊かな自然を生かせるやり方だから」との答え。その想いに共感した家族・親戚・友人総出で、製塩所づくりに取り組んだそうです。
なんとか塩田も完成し、やっと始まった塩づくりですが、1年目は思ったような塩ができず、できたと思った2年目には大型台風の襲来で塩田が倒壊。途中何度も辞めようと思いながらも、最初にこの製塩所を始めた時の気持ちやみんなの協力を思い出して踏ん張り、3年目にしてやっと安定的に生産が行えるようになりました。
台風の襲来で二度と倒壊しないように、枝条架式塩田の竹枝は取り外し可能なようにするなど、随所に工夫が凝らされています。
濃縮した海水は、これまた試行錯誤の中から生み出された高江洲さんオリジナルの釜で煮詰めて結晶化。もうもうと湯気の立つ製塩室の中は非常に高温で、製塩中は高江洲さんはパンツまで汗でびっしょり。
塩が結晶し始めるころには、大きな釜を特製のヘラで何度も何度もかくはんし、結晶したらすべて手作業で収穫するため、かなり負荷の高い作業です。これを高江洲さんは、すべて1人でこなしています。収穫後はすのこの上に山積みにして、上下をかき混ぜながら数日寝かせて、にがりを適度に抜いて、その後、検品、袋詰めを行い、やっと製品が完成します。
数週間かけてできあがった塩は「浜比嘉塩」と名付けられ、少し大粒で、ほどよくにがりを含んで少ししっとり。全体的に力強い味わいですが、バランスがよく、沖縄の塩にしては珍しいのですが、海辺の風の香り(潮の香り)を感じることができます。
この「浜比嘉塩」のほか、にがりの中で自然に結晶させた「にがり塩」(工場限定販売)や「大粒塩」、塩黒糖、バスソルトなど、独自の視点から様々な商品を生み出し、人気を博しています。
高江洲製塩所では施設見学(無料)や製塩体験(有料)も受け付けているのですが、なんとこれも高江洲さんご本人が対応してくれるのです。実は高江洲さんって3人くらいいるのか、もしくは寝ないでも生きていけるのではないかと思うほどの活躍ぶりです。
ものすごく忙しいはずなのに、いらっしゃったお客様に対する気遣いが素晴らしく、敷地内には子供用のおもちゃ、日よけの傘、冷たい麦茶、座れるベンチ、フォトスポット、足についた砂を落とせる水道等、とても1人でやっている製塩所とは思えない心遣いがあふれています。こういったところに高江洲さんの人柄がにじみでていますし、地元民にも愛され、リピーターが多いゆえんなのだろうと思います。
数年前から陶芸も始めた高江洲さん。知人のツテで本格的な釜を譲ってもらったのをきっかけに、試行錯誤を繰り返しながらどんどん技術を上げ、今では玄人はだしの腕前です。
工場に併設された売店には、かわいらしい塩つぼをはじめ、盛塩用のお皿、シーサーなども並びます。もちろん、塩そのものに関しても新たな製塩方法への研究や商品開発にも余念がなく「常になにか新しいことを考え、進化を続ける」というその姿は、まさに塩業界の若手ホープ。今後の展開がいっそう楽しみです。
最後に、おすすめのお料理を。「浜比嘉塩」は、先述したように、潮の香りを含んだ塩です。そのため、魚料理におすすめ。特に、マグロやカツオなどの赤身の魚との相性は抜群です。マグロやカツオの刺し身を一口大に切って、塩と、エクストラバージンオリーブオイルかごま油であえて、夏なら大葉や白ごま、冬ならユズなどのかんきつ類の皮をトッピングするのもおすすめ。「浜比嘉塩」の潮の香りでフレッシュさが取り戻され、素材のうまみもしっかりと引き立ちます。
沖縄にお越しの際には、この、塩業界の若手ホープのいる製塩所を、ぜひ訪ねてみてください。きっとその人柄に魅了されるに違いありません。
電話:TEL/FAX 098-977-8667
メール:info@hamahigasalt.com
http://hamahigasalt.com/index.html
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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