岩手のじゃじゃ麺 自分で作り出す「最高のおいしさ」
じゃじゃ麺をご存じだろうか。「それってジャージャー麺でしょ?」という人もいるだろう。同じ中国東北部の麺料理「炸醤麺」にルーツを持つものの、岩手県内で独自の発展を遂げたのがじゃじゃ麺で、わんこそば、盛岡冷麺と合わせて「いわての三大麺」と呼ばれている。
炸醤麺とは、ジャージャー麺とはどう違うのか。じゃじゃ麺発祥の地、岩手県の盛岡市を訪ねた。
炸醤麺は、中国北部の麺をよく食べる地域の家庭料理。ゆでた麺の上に、豚のひき肉や細かく切ったタケノコ、シイタケなどを味噌やトウチなどといためて作った「炸醤」と呼ばれる肉みそをのせて食べる料理だ。日本ではかん水が入った黄色っぽい中華麺を使うことが多いが、中国では白くて太いうどんのような麺を使う。
盛岡のじゃじゃ麺は、中国本土の味を盛岡で再現したのがルーツだ。なので、中華麺ではなく太いうどんのような麺を使う。では、ジャージャー麺に対し「本場中国の味」なのかというと、それもまた違う。岩手県民に愛されながら、地元流にローカライズされた麺料理なのだ。
じゃじゃ麺発祥の店として名高いのは、盛岡の官庁街に近い桜山神社の参道にある「白龍(パイロン)」。お話をうかがったのは、3代目で社長の高階勝雄さんとその母・岑子さん。
初代、高階貫勝(たかしなかんしょう)さんが戦前に、中国大陸で食べてきた炸醤麺をもとに、引き揚げきた盛岡で、地元の人たちの舌に味を合わせてアレンジしを加えた。
麺は、手に入りやすい既成の中華麺ではなく、大陸風のうどんのような麺にあえてこだわった。わざわざ手打ちして、独自の太くて白い麺を使ったという。現在は、地元の製麺所に委託するものの、専用の麺を使い続ける。
肉みそもオリジナルだ。「白龍」では肉みそではなく「いためみそ」と呼ぶ。味噌をベースにひき肉、ゴマ、シイタケ その他十数種類の材料を混ぜ込んでいためる。単に調合するだけでなく、いためて味をなじませ、さらにそれをいったん寝かせてから使うのが白龍流だ。
紅ショウガも特徴的だ。刻みではなく、おおぶりに切った紅ショウガの鮮やかな赤色が、見た目のインパクトを大きくしている。口直しに添えたのが始まりというが、口の中にあふれる味わいをリセットするためには、これくらいの大きさが必要だったのだとか。
さぁ、実際にじゃじゃ麺を作っていただこう。
「麺ゆでに時間がかかるので、食べる前に早めに声をかけてください」勝雄さんからそう言われていたのだが、実際に調理が始まると、それがよく分かった。大鍋の湯の中に投じられた麺はなかなかゆで上がらない。想像をはるかに超える長い時間、鍋の中で麺が踊り続けた。
ゆで上がったら、その後は早い。湯切りした麺の上にキュウリをたっぷりと盛り、その上にいためみそ、そして紅ショウガとおろしショウガを添え、ネギを散らせば出来上がりだ。
食べ方にも独自の流儀がある。
2016年に、じゃじゃ麺をこよなく愛する人たちが、ネット上で行ったアンケートがある。その結果によると、月1回以上じゃじゃ麺を食べるという人が6割を超えたという回答者のうち、3人に1人もの人たちが「初めて食べたじゃじゃ麺はまずかった」と答えている。それはなぜか?
実はテーブルに運ばれてきたじゃじゃ麺は完成形ではない。酢やラー油といった調味料やニンニクなどの薬味を自分好みの量で加え、それをよくかき混ぜて食べる。つまり、最終的に自分流の味付けを施して初めて「最高のおいしさ」が出来上がるというわけだ。
「じゃじゃ麺は3回以上食べて初めて、その魅力を知ることができる」
地元ではそう言われているという。3回の試行錯誤の果てに、あれはちょっと多めに、これはちょっと少なめにと、自分なりの味付けを見つけて初めて、じゃじゃ麺は本当の味わいを発揮するのだ。
この日は、高校時代の3年間を、白龍のじゃじゃ麺とともに過ごしたという「肉のふがね」府金伸治社長に同行していただいたのだが、府金社長が頼むと、カウンターの向こうから、テーブルには常備されていない調味料が次々登場する。なんばん、ショウガの搾り汁、キムチ……。なれた手つきで様々に味を加えると、みるみるうちに「府金流」のじゃじゃ麺が出来上がる。
そして仕上げはちいたんたん。本場の炸醤麺にもジャージャー麺にもない、スープ料理だ。作り方はいたって簡単。じゃじゃ麺を皿に少し食べ残し、そこにテーブルに常備された大きな生卵を割り入れ、崩す。食べかけの箸を添え、カウンターの向こうに差し出す。すると、麺のゆで汁を皿に入れて、いためみそとネギを加えてくれる。シメのスープの出来上がりだ。
語源は、中華料理の卵スープ「鶏蛋湯(チータンタン)」。いためみそをなじませながら、やはり好みで味を足していただく。「ゆで汁だけでなぜこの味わい?」を考えれば、食べ逃せないオプションだ。
これまた「個人差」があり、府金流はよりたっぷりと麺を残してちいたんたんにする。卵の溶き加減も人それぞれだ。
ちいたんたんは、プラス50円。開店以来値上げをしたことはないという。なんともありがたいサービスだが、さらに話をうかがっていくと驚きのエピソードにたどり着いた。
じゃじゃ麺の白龍発祥は地元の誰もが認めるところ。当然「じゃじゃ麺」も白龍の登録商標だ。しかし、ほかの地元業者には「じゃじゃ麺」のブランドを開放しているのだという。多くの人たちに広く愛されている地元の財産だけに、これからも幅広く食べていってほしいという。本店のすぐそばの分店のほか、地元百貨店や盛岡駅ビルにも白龍は出店する。しかし、盛岡市内のあちこちには数えきれないほどのじゃじゃ麺提供店がある。
「ウチの味はそう簡単にはまねできないですしね」
岑子さんの言葉には、パイオニアならではの誇りが満ちあふれていた。とはいえ、各地で「ウチが元祖」「こっちこそ本家」などと、食べる人そっちのけの争いを繰り広げていると聞くことが多いだけに、すがすがしい話だった。
大通りなどの繁華街にも、夜遅くまでじゃじゃ麺を提供する店がある。夜の会合の後、シメにじゃじゃ麺を食べるのも一興だ。広がるすそ野がまた、白龍の客層を広げているのかもしれない。
(渡辺智哉)
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