女性の目から寄生虫14匹を摘出 初めての感染例
米国の女性の目の中から、新たな寄生虫が発見された。ハエを介して感染するテラジア眼虫の3種目で、通常はウシに見られるもの。人間への感染が確認されたのは初めてのことだ。
米国のアラスカ州でサケを釣っていたとき、アビー・ベックリーさんは左目に違和感を感じた。「まつげが目に入ったときのようでした」と、彼女はそのときのことを振り返る。だが、どんなに探しても、まつ毛も他のものも見つからず、5日たっても症状は消えなかったので、いらだち始めた。
「朝起きたとき、何が何でも目の中にあるものを取り出してやろう、と思ったんです」。26歳だった彼女は勇気を振り絞ってまぶたをめくり、赤くなっている部分をつまんでぐいっと引っ張った。そして指先を見てみると、「私の指に虫がいたのです」
記録に残っているかぎり、ベックリーさんはこの眼虫に世界で初めて感染した人物となった。その寄生虫はテラジア・グローサ(Thelazia gulosa)という種で、ウシの目に感染することが知られているが、人間の目から見つかったのは初めてだ。
さらに、米国の記録では、ほかの種も含めたテラジアの感染例としては、ベックリーさんが11人目だった。2018年2月12日付の学術誌「American Journal of Tropical Medicine and Hygiene」に掲載された内容によると、直近の例は20年以上前だという。
出てこい眼虫!
ベックリーさんが指先の虫を見つめていたのは、2016年夏のことだ。当時は、これがテラジアという寄生虫だとか、人間としてはじめての感染例だとかなど、もちろん知らなかった。
ほぼ透明な小さい虫は、数秒間体をくねらせたのちに死んだ。サケに同じような虫が寄生しているのを見たことがあったので、いつの間にかそれが目に入ったのかもしれないと考えた。だが、虫は次から次に出てきた。何か大きな問題が起きているのは明らかだった。
「つまみ出し続けてみると、たくさんいることがわかりました」とベックリーさんは言う。
アラスカ州ケチカンの医者のもとに行くまでに、さらに5匹の虫が出てきていた。ベックリーさんによれば、医者たちは「本気で驚いた」が、その虫が何なのか、危険かどうかはわからなかった。
感染した目が脳に近いことを心配したベックリーさんは、米オレゴン州ポートランドに戻ることにした。ボーイフレンドの父親が医者で、オレゴン健康科学大学の医療スタッフに見てもらえるよう、手はずを整えてくれていた。
病院では、「とても丁重に迎えられました」という。珍しい眼虫を見ようと、医者やインターンが集まってきた。最初、彼らは少し疑わしそうで、虫に見えたのはただの粘液ではないかと言ってきた。
しかし、ベックリーさんは、目の中に虫がいると言い続けた。「出てこい、出てこい、とずっと考えていました」。それから30分ほど、病院のスタッフに目を調べられながら、虫が出てくるのを待つことになった。
「医者とインターンが私の目の中をはい回る虫を見つけたときのことは、忘れられません。医者は、何てことだ、見えた、見えたぞ! というように、びっくりして飛び上がりました」
オレゴン健康科学大学の感染症の専門家で、この件の治療にあたったエリン・ボヌラ氏は、ベックリーさんについて「驚くべき優雅さと大胆さで対応していました。とても強い方です」と話す。
感染ルートは?
眼科医たちはベックリーさんの目から1匹を取り出すことに成功した。半分に切れてしまったものの、それを米国疾病予防管理センター(CDC)に送った。
その虫は、その後さらに取り出された何匹かの虫とともに、CDCの寄生虫同定診断研究所を率いるリチャード・ブラッドベリ氏のもとに届けられた。この研究所は、珍しい寄生虫の正体を突き止める際に米国で最も重要な場所で、2017年だけでも6700種類ほどの正体不明の標本を分析している。
「正体がわからないものは、最終的にここにやってきます」とブラッドベリ氏は言う。
「こういった寄生虫はすべて珍しいですが、ベックリーさんのこれはとくに珍しいものです」。最終的にこれがテラジア・グローサであることを突き止めるために、1928年のドイツの研究論文を掘り出さねばならなかったほどだ。人間の目から見つかったテラジア眼虫はこれで3種目となった。他の2種は、それぞれアジアと米国西部で見つかっている。
この寄生虫を媒介するのは、メマトイと呼ばれるショウジョウバエの仲間で、ウシやウマ、イヌの涙をエサとする。小バエが動物の目のまわりを飛びまわるのを見たことがある人もいるだろう。眼虫やハエに嫌悪感をもつ人はいるだろうが、寄生虫の生き残り戦略として、この眼虫の生態は魅力的な一例だ。
ベックリーさんを治療したボヌラ氏によると、そもそも眼虫はハエがいなければ生存できない。眼虫の幼虫が成長できるのは、ハエの消化管や消化器の中だけで、やがてそこからハエの口へ向かう。そして、ハエが動物の目にとまって涙を飲み始めると、成長の最終段階にある幼虫はハエの口吻(こうふん)からはい出して目に入り込む。そして成虫に変化し、幼虫を産む。幼虫は別のハエに回収してもらわなければ、そこで死んでしまう。
ベックリーさんの目の中では、「このライフサイクルを継続することはできませんから、やがてみんな死ぬことになります」とボヌラ氏は言う。しかし、眼虫がどうやってベックリーさんの目に入り込んだのかは謎のままだ。ボヌラ氏は、ベックリーさんがウシのいる牧場を通ったときに、たまたま入ってしまったのではないかと考えている。
感染したらどのぐらい危険なのか
少しばかり安心できることかもしれないが、眼虫は自力で眼球の中に入り込むことはない。まぶたの裏や眼球の周囲のやわらかい組織に住み着くだけだ。しかし、一度目に入り込んでしまうと、行える処置は多くない。抗寄生虫薬を使って退治することもできるが、炎症がひどくなる場合もある。
ベックリーさんの場合は、1匹ずつそっと取り出すのが最適な治療法だった。結局、20日をかけて14匹の眼虫を取り除いた。とはいえ、この件に関わった医者は、こういった眼虫が大規模な健康被害をもたらすことはないと述べている。
「眼虫が広まると言ってパニックになる必要はありません」とボヌラ氏は言う。人の目にハエがとまるのは非常に珍しく、幼虫が移動できるほどの間そこにとまっているのはさらに珍しい。ボヌラ氏によれば、もっとも効果的な予防法は、ハエを追い払うことだ。もし、ハエが目に入り込んだ場合は、すぐに取り除けばいい。
「普通の生活をしているかぎりは、問題はないはずです」とボヌラ氏は言う。
ベックリーさんにも眼虫による後遺症は見られず、視力も良好だという。それから1年半たった今では、虫が見つかったのがどちらの目だったかも覚えていないぐらいだった。
念のために言っておくと、もちろん、ベックリーさんの目にもう眼虫はいない。彼女は言った。「あんなものと一緒にいたくはないですから」
(文 Erika Engelhaupt、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年2月14日付]
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