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ビジュアル音楽堂

映画監督・深作健太がワーグナーのオペラ演出

2018/2/17

「バトル・ロワイアル」シリーズなどの作品で知られる映画監督の深作健太氏がワーグナーのオペラ演出に取り組んでいる。2月に東京二期会が上演する「ローエングリン」だ。オペラ演出は今回が2作目。傾倒してきたワーグナーのオペラをどう解釈し、読み替え、独自の舞台を生み出すか。稽古の現場で聞いた。

オペラ演出家としての第2弾は「ローエングリン」

「今は映画監督・深作健太として語られるが、オペラを手掛けるときには演出家としてちゃんと語られたい」。深作氏はオペラ演出家としての意気込みをこう話す。「二期会の人たちとは末永くオペラを一緒に作っていきたい」と言い、映画にもオペラにも同等に力を注いでいく考えだ。2015年に二期会によるリヒャルト・シュトラウスの「ダナエの愛」でオペラ演出デビューを果たした。2作目は大好きなドイツロマン派の作曲家リヒャルト・ワーグナー(1813~83年)のオペラ。日系ドイツ人指揮者の準・メルクル氏の指揮で東京都交響楽団と二期会が上演する。2月21、22日と同24、25日の東京文化会館大ホール(東京・台東)での本公演に向けて熱が入る稽古の現場を取材班が訪ねた。

「仁義なき戦い」「蒲田行進曲」などの作品で知られる日本を代表する映画監督の一人、深作欣二氏の長男として生まれ、「父の背中を追いかけ、映画監督に憧れて育った」。5歳の頃に映画「スターウォーズ」を見て、ジョン・ウィリアムズ氏の音楽にひかれた。「ライトモチーフ(登場人物のキャラクターを示す音型や旋律)があり、途切れなく音楽が続いていく。映画に音楽を付ける手法をさらに研究していったときに、たどり着いたのがワーグナーだった。僕の原点だ」とワグネリアン(ワーグナー信奉者)になったきっかけを振り返る。ライトモチーフを駆使し、オペラを音楽、文学、美術が融合した総合芸術に発展させたのがワーグナーだった。

インタビューに答えるローエングリン役(テノール)の福井敬氏(2月5日、東京都内)

今回の演出を手掛ける「ローエングリン」との出合いは1997年、新国立劇場(東京・渋谷)の開場記念公演だ。演出はワーグナーの孫のウォルフガング・ワーグナー氏だった。「ローエングリン役の福井敬さんがステージで歌うのを見て、日本人のテノールにも素晴らしい歌声で演じられる歌手がいると知り、本当にかっこいいと感動した覚えがある」。それから20年を経て今回、福井氏が再びローエングリン役を歌い演じる。「まさか福井さんら二期会のメンバーと一緒に自分が『ローエングリン』を作ることになろうとは、夢のようだ」と深作氏は感激している様子だ。福井氏は「深作さんは本当にワーグナー愛にあふれた人。私たちよりもワーグナーと彼の音楽のことを知っている」と絶大な信頼を寄せる。

深作氏のオペラ演出はどんな手法なのか。福井氏は「私たちは演劇的な捉え方をするが、深作さんには映像のイメージがある」と話す。個別の演出の指導だけでは何をしたいのか分からないこともあるそうだ。でも「映像としてつないだときに一本の美しい作品として仕上がっていく。やはり映画の人。そんな演出の手法は新鮮だ」と指摘する。

ローエングリンを「非戦の英雄」として描く

父・欣二氏が監督した「バトル・ロワイアル」の脚本を手掛け、続編「バトル・ロワイアル2・鎮魂歌」では急逝した父に代わり自らメガホンを取って監督デビューした。そんな深作氏が演出する「ローエングリン」はどんな舞台になるのか。「ローエングリン」とはワーグナーが自ら台本を書き作曲した3幕オペラだ。中世騎士伝説に基づくロマンチックオペラの代表作といわれる。後にワーグナーの義父となる作曲家兼ピアニストのフランツ・リストの指揮で1850年に独ワイマール宮廷劇場にて初演された。

深作氏の演出の特徴を見るためにまずは原作の簡単なあらすじを紹介しよう。舞台は中世のブラバント公国(現ベルギー)アントワープ。ドイツ国王ハインリヒ1世は東方の隣国ハンガリーからの侵略戦争に備えて軍勢を募るためブラバントを訪れた。するとこの公国は先代領主を亡くして王位継承に揺れていた。史実ではハインリヒ1世が在位した10世紀前半にはまだブラバント公国(1183~1795年)は正式に成立していないが、そういう設定の物語と考えればいいだろう。ブラバントの家臣テルラムントが妻で魔法使いのオルトルートと計略を巡らし、公女エルザに世継ぎの弟ゴットフリート殺しの冤罪(えんざい)を負わせる。そこに白鳥の引く小舟に乗った騎士ローエングリンが登場する。テルラムントとの決闘に勝った騎士はエルザと結婚することになるが、「自分の正体を尋ねてはいけない」という約束をエルザは破ってしまう。ローエングリンは軍隊を率いて出征することなく去る。オルトルートののろいの魔法が解け、白鳥からは行方不明だったゴットフリートが現れ、エルザはどうなるか。ローエングリンとは誰だったのか。

ワーグナーのオペラ「ローエングリン」を稽古する東京二期会の様子(2月5日、東京都内)

こうした内容の作品と向き合った結果、深作氏はローエングリンを「非戦の英雄として描きたい」と語る。「日本の民話でいえば『鶴の恩返し』。エルザ姫は騎士を愛するがゆえに約束を破って彼の正体を問うてしまう。だからローエングリンは帰っていく。本当は軍勢を率いて戦争に行くはずだったが、彼は結果的に戦争に行かなくなる。僕はどうもその辺がこのオペラのカギを握っていると思う」。そして「非戦の英雄」を描くために舞台を19世紀のバイエルン王国(現ドイツ・バイエルン州)に移し、ドイツ帝国へと編入されるバイエルンの国王ルートヴィヒ2世(1845~86年)をローエングリンに重ねる。

深作氏はワーグナーに傾倒した歴史上の二大人物としてルートヴィヒ2世とアドルフ・ヒトラー(1889~1945年)を挙げる。まずヒトラー。「ワーグナーの音楽は映画『地獄の黙示録』の戦闘シーンで『ワルキューレ』が使われたこともあり、男性的で勇ましいイメージを抱く人が多いと思う。ヒトラーはそうしたワーグナーの強い部分を政治的に利用した。ドイツ民族の団結とワーグナーの音楽を重ね合わせ、ナチス・ドイツのために使った」と指摘する。ヒトラーが最も好んだワーグナーのオペラが「ローエングリン」だ。その意味で「ローエングリン」はナチスのプロパガンダ作品の烙印(らくいん)を押され、ヒトラーののろいがかけられてしまった。深作氏はそうした状況から「この美しい作品を救い出したい」と語る。

バイエルン国王ルートヴィヒ2世の話に読み替え

そこで深作氏が白羽の矢を立てたのがバイエルン国王ルートヴィヒ2世だ。戦争を嫌いながらも1866年の普墺(おう)戦争でオーストリア帝国から、1870年の普仏戦争で強国プロイセンから軍事協力を強いられ、多大な犠牲を出してしまう。バイエルンがドイツ帝国に編入される中で、ノイシュバンシュタイン城をはじめ中世風の城を次々に建設し、財政危機を招き、廃位し、そして謎の死を遂げる。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ルートヴィヒ」でも有名だ。

東京二期会が上演するオペラ「ローエングリン」を演出する深作健太氏(写真中央、2月5日、東京都内)

「ルートヴィヒ2世は10代前半でワーグナーの音楽に出合い、子供の頃から白鳥の騎士の伝説がある環境に育った。そこでお父さんが急に亡くなり、18歳で急きょ国王になり、政治の世界に放り込まれ、戸惑いがあったと思う。現実逃避のためにワーグナーを聴いていたのではないか」と深作氏は説明する。「彼が好んだワーグナーは勇ましい世界ではなく、現実にはない美しい世界だった。そこがヒトラーとルートヴィヒ2世のワーグナー観の大きな違いだ」。ワーグナーのパトロンとなって財政支援し、ワーグナー作品を専門に上演するためのバイロイト祝祭劇場も建設した。1876年にルートヴィヒ2世やドイツ帝国皇帝ウィルヘルム1世が臨席する中で第1回バイロイト音楽祭が開かれ、序夜と3日間のための舞台祝典劇「ニーベルングの指環(ゆびわ)」が初演された。「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏(たそがれ)」の4部作だ。

「ルートヴィヒ2世なくしてワーグナーの音楽はありえなかった。戦争の時代に背を向けて夢のような城ばかり作った。ロマンの世界に命懸けで逃避した王様であり、ワグネリアンの元祖だ。僕はそんなルートヴィヒ2世に共感を覚える。彼の姿を非戦の英雄ローエングリンと重ねられないか。そこで今回、ローエングリンに憧れた青年が時代に背を向け、ロマンの世界に没入していく話に読み替えた」。さらには自分とも重ね合わせる。「『バトル・ロワイアル2』を作っているときに、僕の父が突然亡くなり、急に自分が映画監督デビューすることになった。だから父の急逝で国王になったルートヴィヒ2世に僕自身を重ねてしまうところもある。そしてワーグナーの音楽に父性的なものを聴いてしまう」と心情を語る。「ワーグナー自身は継父のルートヴィヒ・ガイアーを実父ではないかと疑っていた」とも指摘し、「父性」がカギを握っている点を強調する。

今の日本で上演することの現代的な意味を考える

もちろん個人の思い入れだけで演出するわけではない。「今の日本で『ローエングリン』を上演するならば、現代に訴えるアクチュアルな面も持たなければならない」と説く。「ワーグナーが19世紀に『ローエングリン』を作曲した当時は、『ロマンチックオペラ』と名付けられた通り、時代劇だった。しかし同時に現代劇としての側面もあった」と言う。ワーグナーオペラの熱狂的な人気ぶりはドイツの文学作品にも頻繁に登場する。例えば、トーマス・マンの初期の短編「小フリーデマン氏」(1898年)には、ドイツ北部リューベックと思われる都市の様子として、夜に市立劇場で「ローエングリン」が上演され、町中の教養ある人々がすべて出席したという描写が登場する。その時代の人々に現代作品として訴えかける何かがあったわけだ。

インタビューに答える深作健太氏(2月5日、東京都内)

「『ローエングリン』は不思議な作品。一方にはメルヘンとしての部分、白鳥の騎士がお姫様を助けに来るというおとぎ話の面がある。その一方でドイツを一つにまとめる過程で連合を訴える10世紀の政情が描かれる。これは実は19世紀のワーグナーが生きた時代のドイツの状況とも重なる」。ドイツ地域でプロイセンやバイエルンなど複数の国がひしめく中で、フランスやロシアなど大国に対抗するために統一のドイツ帝国を築く必要が急務となった時代だった。遅れて列強に加わり、大国に対抗し、戦争を経験し、戦後は経済大国になった。「ドイツと日本はこうしたよく似た近現代史を持つ」。だからこそ今の日本でドイツオペラによって「非戦の英雄」を描く意義があると深作氏は考えている。

「今また世界中で再軍備を求める流れが生まれている。こうした状況の中で、芸術を志す人間として平和を唱えたい」。ローエングリンが「非戦の英雄」としてどう描かれ、どんな運命をたどるのか。映画「バトル・ロワイアル」では戦いを拒否した生徒たちは死ぬ運命にあった。しかしルートヴィヒ2世の夢への逃避と浪費が生み出したノイシュバンシュタイン城は今やドイツの観光に欠かせない人気スポットだ。ルートヴィヒ2世の夢が深作氏の願いと重なるのか。本公演を見ないことには「深作オペラ」の全貌は明らかにならない。

(映像報道部 シニア・エディター池上輝彦、槍田真希子)

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