高座も仲間内でも爆笑の渦、三遊亭白鳥師匠
立川談笑
吉笑とつづるマクラ話。今回は、ふと思い立って「現代演芸家列伝」と称して、日ごろの仕事上の交流の中から、寄席をはじめとする伝統芸能の場で現在活躍する人を取り上げてみます。評判が良ければ随時掲載していければという構えでもあります。
栄えある初回は落語協会所属の真打ち、三遊亭白鳥(はくちょう)師匠。先日行われた落語フェスティバルの話を中心にお話します。出演者は、三遊亭白鳥師匠、入船亭扇辰(せんたつ)師匠、柳家喬太郎師匠、桃月庵白酒(はくしゅ)さん、春風亭一之輔さん、紙切り曲芸の林家二楽さん。ここに私、立川談笑。落語好きなら、目をみはるような顔ぶれです。場所は新潟、会の名前は「虹色寄席」。
■落語関係者が皆納得する実力
ご存じでない読者のために、まず三遊亭白鳥師匠の横顔から紹介します。私よりちょっと年上、明るい爆笑派の落語家です。演じるのは新作(創作)落語。「円丈以前、円丈以後」といわれるほどの衝撃を落語界に刻んだ三遊亭円丈師匠の門下です。伝統的な落語のもろもろや所作(この時はこっち側を向く、などのルール)には疎いようで、「面白いけど、落語の技術は下手」という評価もあったようです。というか、私もそう思っていました。
それでも、かつて故・志ん朝師匠に評価された逸話や、今や寄席定席のトリを任される立ち位置は、お客様はもちろん同業の落語家を含めた関係者皆が納得せざるを得ないほどの実力を示しているといえます。
私よりもキャリアは上、ずいぶん先輩にあたります。そして白鳥師匠のことをみんな好きなんです。好きなんですが、その一方で、白鳥師匠はセコいんだ、と。いや、事実はともかくそう楽屋では言われています。
ううむ。どう表現すれば白鳥師匠の楽屋でのあの雰囲気や受け入れられ方を理解してもらえるのだろう。そう、たとえるなら昔のプロレスの悪役レスラーです。あからさまな凶器攻撃を多用するような。それもひどい悪役でなくて、コミカルな悪役。でも、確実に悪役。「あ。こいつまた、ちょっとした悪さをやるんだろうな」と思わせておいて、「やっぱりやる」。または「予想よりもちょっと上の悪いことをやる」とか。
「虹色寄席」に話を戻します。出演者は豪華ですが、そもそも全員、白鳥師匠が声をかけやすい人たちなのです。出身地である新潟で、「今東京で人気の落語家ばかりを集めてフェスティバルを開きたい」と主催者に相談された白鳥師匠が、後輩ばかりを中心に集めたという。「ねえ、来年のこの日あいてる~?」てな具合に。みんな後輩ですから、スケジュールが空いていれば「空いています。よろしくお願いします」とOKを出します。このあたりを本人に直接聞いたところ、
「当ったり前だろ。先輩だと気を使わなくちゃいけないし、面倒臭いだろ」
とのことでした。
■1階と5階に分かれた会場
振り返れば、初めての虹色寄席当日の朝はまるで悪夢でした。上越新幹線が大宮駅を過ぎて、車内に出演者全員が揃って…
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますー!」
「あのぉ、確認させもらって、いいですか?」
出演者全員が感じていた疑問を誰かが白鳥師匠にぶつけました。
「今日の会って、会場が2つですよね」
「そうだよ。同じ建物の中の、2会場。行き来してもらうことになるんだけどね」
「同時に開演っていうのは……」
「うん。同じ時間に始まるんだ」
「つまり、我々出演者は開演中の2つの会場を行き来する、ってことですか?」
「そう」
「なるほど。お客さんはどういうことになるんですか…」
「ああ、客?お客もね、2つの会場を行ったり来たり自由。そういう会なんだ」
しれっとして白鳥師匠は語ります。同じ建物内の1階にある大きなホールと5階にある能楽堂とで、同時に落語会を催すのだ、と。しかも、出演者が変わるたびにお客さんもがさごそと出たり入ったりする。楽しそうにも思えるけど、せわしないだろう……。
「事前の話でそんなの聞いてないし。そんな会、聞いたこともありませんよ」
三遊亭白鳥プロデュースを甘くみてはいけなかった。これは普通の落語会では、ないのだ。上越新幹線の車内は緊張に包まれました。各自、つい2日前に届いたその日のプログラムを精査します。
「午後1時開演の、終演5時半。な、長いよ!」
「でもそれぞれの出番は均等に3回ずつだから。大丈夫。20分、20分、40分な」
「それって、ひとりあたり独演会ワンセットじゃないですか。結構な労力だなあ」
その時、紙切りの二楽さんが悲鳴を上げました。
「おれ、40分も紙切ってられないよ~!」
「大丈夫。あなたはね、たくさんしゃべればいいんだから」
さすがに、ひとりの出演者が同時に重なる不手際はなかったものの、別会場にまたがって出番が連続している箇所がみつかりました。前の会場でわずかでも予定時間をオーバーしてしまうと、次の出演に間に合わない。出演者不在のままお客さんを待たせる空白の時間ができてしまいます。
「時間厳守でいこうね」
「いや、それ以前に移動時間ゼロでしょ」
「走ればいいから」
「おれ、刃物もって走るのかよ~」
また紙切りの二楽さんが叫びました。
「ところで前座さん、いないんですか」
「あー、そっか。いないね。まあ、着物くらい自分でたためるでしょ。真打ちなんだから」
「高座返しは?」
「あー、そっか。それぞれがすることにしようか」
「出囃子(でばやし)の準備はどうなってますか」
「あー。…どうしよう」
様々な不手際が発覚したものの、現場では新潟の主催者が気を回してくれており、会そのものは無事に終わりました。楽しかった。
■背を向けてコソコソと……
また別な年には、新たなトラブルが待っていました。虹色寄席が終わって、打ち上げの居酒屋で乾杯する直前のこと。その日の出演料は後日振り込みではなく、その場で現金支給。我々の世界でいう「ギャラはトッパライ」です。出演者それぞれが主催者から封筒を渡されて、領収証に必要事項を書き込みます。みんなササっと書いてしまうのに、白鳥さんひとりだけがずっと離れた部屋の隅でこちらに背を向けてコソコソと領収証を書いている。この姿が疑惑を呼びました。
お酒も入ったところで誰かが口を切りました。
「さっきのあれ。どうしたって怪しいよな。なんで領収証をコソコソ書いてるんだよ。アニさんたら、またおれたちのギャラをギッてるんだろ」
ギるとはつまり、他人の出演料の上前をはねる、いわゆるピンハネのことです。それにしても「また」というのは穏やかでない。
「バカ言うなよ。ギッてるわけないだろ。全員同じギャラだって言ったろ」
「じゃあ、封筒から金出して見せてみろよ」
「やだね」
「じゃ、出さなくていいから、封筒の上から触らせてくれ」
「もっと嫌だ」
やり取りをするたびにその場が爆笑に包まれます。口のまわりがチョコレートだらけの子どもが「食べてないもん」と言い張るくらいのレベルです。うすっぺらいウソに対して厳しい追及が続きました。
しまいには白鳥師匠、さすがに観念したのか。すっくと仁王立ちになり、「ああ、ギッてるさ!ギッてるとも!」
これはちょっと男らしくてカッコ良かった。カッコ悪さが突き抜けてしまった形です。大爆笑。
「アニさん、いくらギッたんだよ」
「〇万円ギッたよ。悪いか」
「普通に悪いよ!」
真相としては、出演料とは別にプロデュース料が発生していたということです。なぁんだ。それならそうだと言えばいいのに。いやいやそれにしても、この一件だけでどれほど笑わせてもらったことか。
そんな新潟の虹色寄席は今年で5回目。来年の開催も決定しました。いいお客さんで、楽屋も打ち上げも楽しい。今からワクワクしています。やっぱりすべて白鳥師匠の人徳だな、ウン。
1965年、東京都江東区で生まれる。高校時代は柔道で体を鍛え、早大法学部時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名、05年に真打ち昇進。近年は談志門下の四天王の一人に数えられる。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評があり、十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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