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キッコーマンの堀切功章社長

キッコーマンの堀切功章社長

1917年に千葉県の野田や流山の醸造家8家が合同して誕生したキッコーマン。現在もしょうゆメーカーは全国に1000余りあるといわれるが、圧倒的なトップメーカーに成長した。創業家の「家訓」を守りながら、なぜファミリービジネスの成功モデルを築けたのか。創業家出身の堀切功章社長にキッコーマンの「DNA経営」の秘訣を聞いた。

ブランド統合、簡単ではなかった

――創業家8家のうちの1つ、堀切家の出身ですね。キッコーマンは、大正時代に設立したファミリー企業の代表格というイメージですが。

「世間から見れば、ファミリービジネスかもしれません。確かに、歴史をひもとけば、100年前、野田の醸造家8家が集まり資本を増強し、しょうゆ産業の近代化を目指してできました。しかし、株主構成や経営陣を見ても、創業家出身は少数派です」

「合同したのは私の曽祖父の時代ですが、何百年も続いてきた家業や独自ブランドを1つにする、というのはできるようで、なかなかできないことだったと思いますね。8家が合同した当初は200以上の商標がありました。30年以上かけて、今の『キッコーマン』に統一したんです」

――同族型の経営で、なぜここまで拡大できたのでしょうか。

「創業家には不文律があるんです。創業家の各家は、1世代に1人しかキッコーマンに入れないとか、創業家出身でも必ず役員になれるわけではないとかね。創業家だから早く出世するわけでもないし、社長は8家で持ち回りということもない。現に、私の先代と先々代の社長は創業家出身ではないです。ただし、各家には、自分の家を継ぐ人間をしっかりと教育して優秀な人材を会社に送り込む、という意識が強くあります」

――複数の家が集まると、もめ事が起きて結束が崩れることもありますよね。なぜキッコーマンはうまくいったのでしょう。

「茂木6家と高梨、堀切と8家に分かれていますが、実はみんな縁戚関係なんです。おじいさんのお嫁さんは高梨家からきているとかね。もとをたどれば根は1つなんです。私も普段は東京に住んでいますが、今でもお盆や正月は一同、野田に集まっています。そういった慣習は残っていますよ」

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