ファイストス、イースター島、マヤ 謎の古代文字3選科学で迫る世界のミステリー

日経ナショナル ジオグラフィック社

ミノア文明が繁栄したのは紀元前2700年頃から同1450年頃だ。文字を使用し、優れた技術を持ち、ヨーロッパや中近東の交易網を掌握していた。だが、あるときミノア文明は突然終わりを告げる。クノッソスの立派な神殿をはじめ、そこかしこが破壊され、クレタ島の文化はあっという間に消滅した。その理由については現在も熱い議論が続いている。

イースター島のロンゴロンゴ

イースター島のモアイ像(写真:cotesebastien/iStockphoto)

現地の言葉でラパ・ヌイと呼ばれるイースター島は、有人の島としては地球上で最も孤立した、文字通りの絶海の孤島だ。1000年以上前、島の住民が何百もの巨大な一枚岩の像を作った。モアイの名で知られるその像は、300年ほど前に発見されて以来、考古学者を惹きつけて止まない。

モアイ像は、凝灰岩の塊を彫って作られ、その後何らかの方法で運ばれて、石の台の上に載せられた。像は何のために作られ、高度な技術を持たない時代に、どのような方法で運ばれたのだろうか。

島民は、像が歩いたのだと口をそろえる。未知の古代文明か宇宙人にしかなし得ない業だと主張する作家もいる。もう少し専門的な筋からは、フレームに載せて引っ張ったのではないかという説も出された。最近、考古学者が、島民の話が嘘ではない可能性があることを立証した。像は本当に歩いたのだ。モアイの接地面は平らではなく丸みを帯びているため、縄を使い、20人余りで両側から交互に引っ張って揺り動かすと、歩いているかのように前進させることができる。

ヨーロッパの探検家がイースター島に初めて上陸した時には、多くのモアイは倒れており、存在理由を知っている島民は残っていなかった。モアイは戦闘グループのシンボルだったかもしれない。祭祀など、もっと平和的な目的で使われた可能性もある。

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