根強いハラスメント、2割が被害体験 拒否きっぱりと
職場でのハラスメント被害に泣き寝入りしたり、自分にも落ち度があると責めたりする女性は多い。被害を防ぐためには、どう対応すればよいのか。
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「残業で遅くなったときにホテルに誘われる」(40代、兵庫県)、「体調が悪いので定時で帰りたいと言ったのに怒鳴られ残業を強要された」(30代、富山県)。日本経済新聞社が2017年12月、20~50代の働く女性2000人に聞いた調査では多くのハラスメント事例が寄せられた。
調査ではセクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、マタニティーハラスメントのいずれかの被害にあったことがある人は21%を占める。職位が上がるほど割合は高くなり、課長クラスは34%、部長クラスでは41%にのぼった。酒の席でのセクハラ、妊娠を報告したときのマタハラなど、被害は思った以上に根強い。
仕事の場でのハラスメントは「ノーと言えない力が働いて起こる」。対応研修を手がけるクオレ・シー・キューブ(東京・新宿)の執行役員、稲尾和泉さんはこう話す。上下関係を重視する企業では上司や先輩に対して率直な物言いが難しい。女性は補助的な仕事に就く例がまだ多く、控えめに振る舞うべきだというジェンダー規範も残り、より「ノー」と言いづらい状況という。
加害者の実名公表、被害者にバッシング
日本企業の米国進出を支援するコンサルタントのロッシェル・カップさんは「雇用環境も影響している」と指摘する。労働市場の流動性が高い米国では、問題が起こる企業は求職者から敬遠される。一方で日本は転職が米国ほど一般的ではなく、ハラスメントが起こりやすい土壌が温存される傾向がある。
米映画界ではセクハラ告発キャンペーン「#MeToo(私も同じ)」が広がっている。日本ではブロガーで作家のはあちゅうさんが17年12月、電通勤務時代の先輩クリエーターから深夜に呼び出されたり、知人女性を紹介するよう求められたりした過去を実名で公表した。相手は内容を一部認め謝罪したが、インターネットでは、はあちゅうさんに対して「なぜ実名公表までするのか」などという批判も相次いだ。
稲尾さんは「日本は周りに合わせろという同調圧力の強い社会。実名で被害を訴える人が出てきただけでも前進とみるべきだ」と指摘する。
07年の男女雇用機会均等法の改正で、セクハラ防止に必要な措置が事業主へ義務付けられた。以降セクハラの認知度が高まるにつれ職場で体を触るなどの被害は少なくなってきた。それでも宴席でのセクハラは根強い。「飲めば多少のことは許されるという日本独特の感覚が根底にある」(カップさん)。また、メールやLINE(ライン)の文言の行き違いでエスカレートするのが現代型だ。
実際に被害に遭ったらどうすればいいか。稲尾さんは「責めるべきなのは相手。自分でない。私に落ち度があったかもなどと考える必要はない」と断言する。
そのうえで長引かせないためには「自分は嫌だと相手に伝えることが大事」という。「あなたのやっていることはセクハラ」と主張すると攻撃的に聞こえてしまうが、自分を主語にして「私は困る」「私はそういう話は聞きたくない」と表明すると拒否の気持ちが伝わりやすい。
自分主語に「困る」、事前に想定問答
恐怖心や緊張が先立ち、その場で思いを伝えられない人もいるかもしれない。カップさんは事前に想定問答をつくろうと提案する。職場でこんな誘いを受けたらこう断る、宴席で接触があったらこう指摘すると決めておくのだ。相手とぎくしゃくしたくないなら「私の彼氏が困りますとか、触られて痛くなくても『痛い』と言ってみるのも手だ」とアドバイスする。
誘いを断るには「きっぱりと」が原則だが、「職場での人間関係は維持したい」とにじませられるといい。また職場の先輩女性の対応はポイントになる。「私も我慢していた。これくらいなら、なかったことに」と収めようとするのは二重のハラスメントになる。
「『妊娠したら、会社を辞めるよね』と聞かれた」(20代、東京都)、「育児休業から復帰したら『戻ってきたの。面の皮厚いね』と言われた」(20代、宮崎県)。日経の2000人調査では妊娠・出産を理由にしたマタハラ事例も目立つ。
「マタハラと名前がついたことで、以前からあった被害に気づく人が増えた」とNPO法人マタハラNet創設者の小酒部さやかさんは話す。16年度に全国の労働局が受け付けたハラスメントの相談中、マタハラが35%を占め、セクハラ(36%)と同水準になった。日本は長時間働ける人が一人前との労働観が根強い。マタハラは妊娠・育児で以前のように働けなくなったり、育休で長期間職場を抜けたりすることに周囲が不満を感じ、起きがちだ。
17年1月の法改正はマタハラについても事業主に防止措置を義務付けた。周囲の対応に違和感をもったら、「まず社内窓口に相談してみてほしい」と小酒部さん。当然、企業が窓口を設けるだけでは根本的な解決につなげることは難しい。マタハラ発言をする側の意識改革を進めること。また、職場での妊婦や子育て社員をフォローする人材を、きちんと評価する仕組みなどが不可欠だ。
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職場で徹底的な研修を ~取材を終えて~
富裕層の男性が参加する英国の慈善夕食会で1月、接客役の女性が露出度の高い服を着せられ、多くが痴漢行為を受けるなどしたという英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の報道に驚いた。欧米で大きなうねりとなっている「#MeToo」で分かったのは、男女同権を重視する欧米社会でも女性蔑視が根強いということだ。
日本では「彼女は性的な話題も大丈夫」と思われることが、女性が職場を泳いでいくためのパスポートになっていた面はなかっただろうか。「#MeToo」に触発され、男性が被害を訴える例もあった。男性が飲み会で裸芸を強要され、嫌な思いをするのも明らかなセクハラだ。
ハラスメントが見過ごされる職場では働き手が安心して働けず、能力を発揮できない。米国のセクハラ被害者支援キャンペーンがうたう「タイムズ・アップ(もうおしまい)」にするため、各職場で徹底した研修などが必要だと思う。
(天野由輝子)
[日本経済新聞朝刊2018年2月12日付]
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