「うんち」で五輪選手の体調管理 元Jリーガーが起業腸内細菌に着目、引退と同時にクラウドファンドで新会社

オーブが支援するスケルトンの小口貴子選手(韓国・平昌、共同)
オーブが支援するスケルトンの小口貴子選手(韓国・平昌、共同)

そりの上に腹ばいとなり、氷のコースで速さを競うスケルトン。この競技で平昌冬季五輪に出場する小口貴子選手の体調管理を支援しているスタートアップ企業がAuB(オーブ、東京・中央)だ。同社を2015年に設立した社長の鈴木啓太氏(36)は、15年までJリーグ浦和レッズに在籍し、日本代表にも選ばれた。同社が取り組んでいるのが腸内細菌の収集だ。

オーブの鈴木啓太社長

「うんちをくれませんか」。端正な顔立ちの鈴木氏にこう言われると面食らうだろう。だが、鈴木氏は冗談を言っているのではない。うんち(大便)には腸内細菌が多く含まれているからだ。

便に着目したのはまだ選手だった15年。知人を介して、うんち管理アプリ「ウンログ」を運営する田口敬氏に出会った。アレルギー体質で、調理師免許を持つ母親の影響もあり、「高校時代から腸内細菌を測る健康マニア」だった鈴木氏。田口氏と「アスリートのうんちを集めたら面白い」と意気投合し、事業化の支援も受けた。

これまでに野球やサッカーなど17競技のトップアスリートから約400検体を得た。一般の人の分も含めると1000検体にのぼる。鈴木社長は「1万でも10万でもとりたいが、どんな検体を集めるかが重要」という。主に優先して求めているのは、大舞台を前にしたアスリートの検体だ。

鈴木社長は「アスリートがコンディションを整えるための支援をしたい。そのために研究成果を出し、信頼を得る」と説く。腸内細菌と健康状態の相関性のエビデンスを示せるかが重要だ。

17年7月に引退セレモニーを終え、会社経営に全面的に軸足を移した9月、事業資金としてクラウドファンディングで3500万円を募集したところ、8時間で目標額に達した。「知り合いの経営者らが支援してくれた」という。レッズの関係者が応じたのかを尋ねると「彼らは私がこんな活動をしているとは知らないでしょう」と笑う。

高校を卒業してレッズに入った直後にキャリアの行く末を見据えていた。「20歳のときに自分のマネジメント会社をつくり、30歳でサッカーをやめたら何ができるだろうと考えていた。漠然とサッカーでの成功より、違う面白いことで成功したいなという思いがあった」と明かす。起業も自然な選択だったようだ。

現役時代、日本代表監督を務めたイビチャ・オシム氏には「水を運ぶ人」と呼ばれ、労を惜しまぬプレースタイルは高く評価された。今の立場を「広報マンで経営者で営業マン」と自称する。「うんちをください!」と言われて戸惑う人がいる世界に飛び込んだ。起業家になってもスタイルは変わっていないようだ。

刺激を受けた人物を聞くと「オシムとミシャ(ミハイロ・ペトロビッチ浦和前監督)」との答えが返ってきた。「サッカーを超越した哲学的な問いを与えられた。彼らは無観客試合も経験している。『人を喜ばせることがビジネスの基本』ということを教えてくれた」

収益確保策として、企業からの受託解析やスマートフォンのアプリを介した他の健康サービスとの連携、企業向け有料アドバイスを計画する。スポーツ全体にお金が回るプラットフォームをつくりたいとの思いがある。

スケルトンの小口選手と親交を深めた縁で、長野市のスケルトン体験会にファンを集めた。ファンやスポンサーを通じてお金が集まる仕組みができれば、選手の体調管理も含むパフォーマンス向上もしやすくなる。

「収益を上げる以上に、アスリートへの還元を考える」と真顔だ。事業の速度を上げるため増資も考えるが、「上場うんぬんより、社会を変えることをしたい」と、アスリート目線は忘れない。

(加藤貴行)

[日経産業新聞2018年2月9日付]