顔の「オラオラ感」で勝負 トヨタの高級ミニバン兄弟
いま異様なほど人気を博している新ジャンルの高級車がある。トヨタ「アルファード」「ヴェルファイア」だ。2015年にフルモデルチェンジしたラージミニバンで現行3代目になってから走り、質感共に大幅高級化。結果、モデル末期でもそれぞれ月3000台レベルと人気は高かったが、先日の商品改良後にはアルファードが1万4000台、ヴェルファイアが1万1000台と人気大爆発! 成功の秘訣はいったい何なのか? 小沢コージ氏が吉岡憲一チーフエンジニアを直撃する。
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「ダンベル」の力強さをイメージ
小沢コージ(以下、小沢) 先日たまたま同じトヨタのエンジニアから重要な金言をいただいたんです。「ミニバンの8割は顔」だと。「ヴォクシー」「ノア」を開発した水澗英紀さんですが、今のミニバンはフロントマスクのデザインがより重要になっているそうで、今回の新型アルファード、ヴェルファイアを見てもまさにその通りだなと。特になんですか、あのエアロ仕様は? アルファード、ヴェルファイア共にバンパー両サイドに、ガツンとフレディ・マーキュリーみたいなヒゲ風のスリットが入っていて。
吉岡憲一(以下、吉岡) われわれはあれをダンベルと呼んでいます。いわゆる筋トレに使うオモリのことで、ダンベルは握るバーを軸にして鉄の円盤が両サイドで踏ん張ってますよね。あの力強さをイメージしたんです。
小沢 もしやそれは吉岡さんが空手家だからとか。
吉岡 違います(笑)。まずアルファードは、よりダイナミックな方向に振るために少しペタンとしていたノーズを若干伸ばして立体感を増やし、逆にギザギザを少し抑えました。
小沢 一方、ヴェルファイアは?
吉岡 あちらは最初の提案にもっとゴツゴツした意匠があったんですよ。
小沢 え? 単純に目立たせればいいんじゃないんですか。僕ら素人からすると単純にキラキラメッキを増やせばいいんじゃないかと思いがちですが。
吉岡 確かにそういう提案もあったんです。一面をメッキだらけにする、なんていうか、鉄筋コンクリートのビルのように、縦横がゴンと構えた意匠もあったんです。でもそれだとやっぱりカッコ良さがない。
小沢 そういえばマイナー前のアルファードってフロントグリルがハガネの腹筋のようで、インパクトありましたよね。僕は勝手に「走るシックスパック」って呼んで気に入ってましたが、あれも今回、やめちゃいましたよね。なぜですか。
吉岡 アルファードの意匠を少し分析すると、いわゆる「豪華絢爛(けんらん)」な方向と「ダイナミックでアグレッシブ」な方向がありまして、15年のフルモデルチェンジ時はシックスパックじゃないですけど豪華絢爛のほうにいきました。
小沢 あ、確かに豪華絢爛って感じでしたね。
吉岡 でも今回、豪華絢爛は打ち止めにして、もっとダイナミックでアグレッシブな方向でやっていこうと。
小沢 意外に繊細なサジ加減があるんですね。で、結果販売はどうなりましたか。
吉岡 1月末の時点でアルファードが1万4000台、ヴェルファイアが1万1000台受注しています。
三国志もビックリのキャラクターづくり
小沢 そりゃすごい! ほとんど400万円ぐらいの高級ミニバンが。確か300万円台スタートで、一番高いエグゼクティブラウンジになると700万円オーバーでしたよね。
吉岡 そうです。ただ、平均販価は前は400万円ぐらいだったのが、今回500万円ぐらいに上がりました。エグゼクティブラウンジのハイブリッドモデルも750万円ぐらいに。
小沢 マジですかそれ? より豪華に値段が高くなったうえに販売台数まで伸びてるとは。エグゼクティブラウンジはどれくらい売れてます?
吉岡 国内でだいたい1カ月700~800台ぐらい。
小沢 700万円台のミニバンが月800台! そりゃ本当にすごい。完全に新しい高級車ゾーンをつくっちゃいましたね。しかもその第1のキモは顔だと。でも単純にハデとか豪華絢爛にすればいいってわけでもないんですよね。
吉岡 顔の良さは大事ですが、一番重要なのはバランスだと思ってまして、実際それがいいと顔も良く見えるので。
小沢 なるほど。一個一個のエレメントのハデさ以上に配置であり、構成がキモだと。単純に目立てばいいんじゃないんだと。
吉岡 例えば「小顔」って人の場合ほめられますよね。でもクルマの場合は独特で、あんまり小顔だと印象がなく、それ以上にそこどけそこどけの「オラオラ感」が重要なんです。
小沢 今トヨタはミニバンづくりの勝利の方程式をつかんでるなって思ってましたが、やはりそうでしたね。どういうふうに指示を出すんですか。
吉岡 存在感です。でも不細工な存在感じゃダメなんですよ。カッコよくないと。
小沢 そこでバランスが出てくるんですね。ところでさっきアルファードは豪華絢爛とおっしゃいましたが、ヴェルファイアのキーワードはなんですか。
吉岡 「大胆不敵」です。
小沢 アルファードが豪華絢爛で、ヴェルファイアが大胆不敵か。なんかこう戦国武将というか、里見八犬伝とか三国志の世界に入ってきましたよね。アルファードが劉備玄徳で、ヴェルファイアが関羽というか(笑)。
吉岡 いわば甲冑(かっちゅう)みたいな世界。で、前のアルファードが甲冑方向とは少し逆を行ってしまったんですよ。なのでそこを戻して、かたやヴェルファイアにはやっぱり未来感、テック感が重要なので、宇宙船的なテイストを。
NHK大河ドラマの主人公さがしのように
小沢 やはり今のミニバンってのは、今のニッポンの男性の夢っていうか、憧れの投影でもあるんですかね。ある種の戦国武将みたいに。
吉岡 そうかもしれません。実際、戦国武将っぽい有機的なものに、うまく無機質的な未来感をフュージョンさせると、いいヴェルファイアになるんだろうなと。
小沢 そう考えるとやっぱりキャラづくりがキモなんでしょうね、今のミニバンは。NHKの大河ドラマみたいなもんで、あれも次に誰をヒーローにしようかって繰り返しやってるじゃないですか。ずーっと織田信長をやっていたら飽きるから、たまに伊達政宗にしようとか、坂本龍馬にしようとか。実際今『西郷どん』だし。
吉岡 やっぱりですね。顔も当然大事なんですが、存在感であったり、所有して浸れる優越感であったりする部分が必ず必要なんですね、アルファード、ヴェルファイアには。かといって高級輸入セダンのように人が5人乗れるだけじゃなく、しっかり3列目シートまで使えて、2列目は飛行機のビジネスクラス並みに快適で寝ながら移動ができちゃうよ、みたいな。そういう乗る人への配慮であり、優しさみたいな部分があるのでみなさんにたくさんご支持いただいているのかなと。
小沢 ところで今回走りとかエンジンなどハードウエアで良くした部分は?
吉岡 そちらも重要ですからまずV6エンジンの燃費を上げて、質感とエコを両立させて、特にエグゼクティブラウンジはサスのチューニングを当然やってますし、ショックアブソーバーを改良して、微低速からしっかり減衰感を出すようにしています。特に2列目のシートのブルブルっとした振動を抑えています。
小沢 トヨタの先進予防安全も大幅進化したとか。
吉岡 「プリクラッシュブレーキ」などを含む衝突回避支援システム「トヨタセーフティセンス」の最新世代を搭載していて、初めて「レーントレーシングアシスト(LTA)」なども標準装備しました。もっともこれは順次、他のトヨタ車にも搭載していくんですが。
小沢 とにかく安心快適でやたら広くて豪華という全く新しいアジアの高級車をつくったわけですよね。中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)でも人気があって、しかも乗ってて人にインパクトまで与えられるという。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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