オリパラ

紙面から

情けは人のためならず 誰かのための力、心豊かに マセソン美季さんのパラフレーズ

2018/2/9 日本経済新聞 朝刊

 玄関の外で「シャッ、シャッ」と何やら音がする。夜明け前の暗闇の中。野生動物? 泥棒? ちょうど夫が不在だったこともあり、疑問や不安がよぎる。恐る恐るカーテンの隙間からそっと外をのぞいて驚いた。

 隣家の高校生が、玄関前のスロープの雪かきをしてくれていた。私は子どもたちが起きてくる前に雪かきを済ませようと、かなり早起きをしたのに、彼はすでに作業を終えるところだった。先日、東京の交通網を混乱させた雪ではない。カナダ・オタワの自宅にひと晩で50センチを超える積雪があった、昨年12月の出来事だ。

 ドアを開けると「ごめん、起こしちゃった? 静かにやったつもりだったのに」と彼は申し訳なさそう。お礼を述べたら「美季も雪かきができることは知ってるけど、俺がやった方が早いし、きれいでしょ。それに、今日は早く目が覚めちゃったから」と手を振って帰った。

 後日、彼の母親に聞いた話では、大雪警報を受け、彼は前の晩から我が家の雪かきをすることを決め、早く就寝したそうだ。感謝の気持ちを伝えると彼女は、何も見返りも求めず、誰かのための力になることは自分のエネルギーとして戻ってくるし、心を豊かにしてくれる。息子のためになっているので、「感謝するのは息子の方よ」とさらりと言った。

 手を貸してもらうと「悪いな、申し訳ないな」という気持ちが先に立つことが多いが、なんとすがすがしい気持ちになったことか。相手の心に負担をかけない配慮まで、彼らが自然にしてくれていたからだろう。

 自分にできることで誰かの役に立つ、誰かに笑顔をもたらす。その笑顔のリレーができれば、きっと誰にとっても居心地の良い空間になるはずだ。ボランティア精神の神髄を、隣の家族から教わった気がした。

 東京五輪・パラリンピックの大会ボランティアの募集が9月から始まり、約11万人を集めるそうだ。大会の顔となり、街や国の印象まで大きく左右するのが大会ボランティアだと思う。心地よいサービスと、東京スマイルが記憶に残る大会になればいいなと願っている。

マセソン美季
 1973年生まれ。大学1年時に交通事故で車いす生活に。98年長野パラリンピックのアイススレッジ・スピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚し、カナダ在住。2016年から日本財団パラリンピックサポートセンター勤務。

[日本経済新聞朝刊2018年2月8日付]

マセソン美季さんのコラム「マセソン美季さんのパラフレーズ」をまとめてお読みになりたい方はこちらへどうぞ。

【関連キーワード】

マセソン美季

オリパラ新着記事

ALL CHANNEL