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長野五輪20年、企業も人も流出 外国人誘客に手応え 新幹線開通でアクセス向上するも、大学生のUターン減る

2018/2/26 日本経済新聞 朝刊

長野五輪から20年が経過し、当時の熱狂の記憶は薄れつつある(開会式で聖火に点火する伊藤みどりさん)

1998年2月に長野冬季五輪が開かれてまもなく20年。開催を機に長野県内のインフラは充実し、「NAGANO」の知名度は世界的に広まった。一方で人口や企業の流出が進み、一部の市町村は五輪施設の経費負担に苦しんだ。五輪が長野にもたらしたものは何か。20年を検証する。

■非製造の景況感、全国平均以下続く

五輪でスキージャンプの会場にもなった白馬地域。良質の雪を目当てに外国人を含めて首都圏から多くのスキー客が訪れる。20年前なら特急「あずさ」を利用して松本市経由で訪れる人が大半だったが、今は新幹線を長野駅で降り、バスを利用するのが主流だ。

ルートの変化は長野五輪で新幹線と道路の整備が進んだことを象徴する。道路では関東と信州を結ぶ上信越自動車道のほか、長野市と白馬村などをつなぐルートが整備された。長野市を南北につなぐ五輪大橋有料道路ができたのもこの時期だ。

ただ、五輪後には誘致の成功でバブル崩壊の影響から逃れていた信州にも一気に不況の波が襲ってきた。前後の状況が特徴的に現れているのが、日銀の企業短期経済観測調査(短観)だ。

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