ドラッグも老舗も活用 訪日客買い捉える3種のデータ
「爆買い」こそ落ち着いたが訪日外国人(インバウンド)による消費は着実に伸びている。購買の「POS」、SNSやブログなどの「ソーシャル」、移動やにぎわいの「位置」をデータでとらえることによって、成長市場を見つけた企業が成功している。
「インバウンドの客が来店したときに、売り場に買いたいと思っていた商品が陳列されていなかったら、がっかりさせてしまう。だから口コミサイトを分析して、人気の高い商品を売り場に陳列するようにしている」
こう話すのは、北海道を中心に約200店舗のドラッグストアなどを展開しているサッポロドラッグストアー(サツドラ)海外事業推進部の広長幹生インバウンド推進担当マネジャーだ。
インバウンドの動向を知るため、トレンドExpress(東京・千代田)が毎週中国人の口コミ100万件弱を分析している「中国トレンドEXPRESS」の人気ランキングや口コミ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をはじめとしたデータを分析し、旅行社や現地の人の声などを反映して品ぞろえに生かしている。
図はドクターシーラボの化粧品「ラボラボ スーパー毛穴ローション」のランキング推移だ。中国人は、はやっている商品をSNS上で事前にピックアップして買うものを決めているという。このため「ランキングが上昇している商品については、中国人旅行客の方がその商品を購入する目的で来店している可能性が高いので、欠かさず置くようにしている」(広長マネジャー)という。
札幌市の中心街にある狸小路商店街は、連日インバウンドで賑っている。サツドラの狸小路5丁目店(札幌市中央区)の売り場には、商品バーコードをかざすだけで商品の説明を多言語で表示するPayke(ペイク、那覇市)のタブレット翻訳機を設置しており、インバウンドの顧客が買い物しやすい売り場になっている。2017年3月から設置し始めており、現時点で約50台、近々50台を追加で配置するという。
一時期の爆買いは鳴りを潜めたが、インバウンド市場が成長していることには変わりがない。
この市場の取り込みに向けて、サツドラのように企業主導の動きもあれば、各種の分析支援サービスを提供する事業者も多く出てきた。今回、取材したユーザー企業や支援事業者の取り組みから、購買の「POS」、SNSやブログなどの「ソーシャル」、移動やにぎわいの「位置」の三つのデータを利用していることが多いと分かった。
各社がどのようにデータを得て、施策に活用しているのか。企業の取り組みから見ていく。
免税対応でパスポート情報を統計化
1832年創業で約185年間京都の宇治で抹茶を作り続けている伊藤久右衛門。2017年8月期の売上高は33億円と、ここ5年間で1.5倍以上に伸びた成長企業だ。
それを支える1つの要素がデータを活用したインバウンドへの施策である。同社にビッグデータ活用を持ち込んで成長を支えた広瀬穰治取締役専務は、「(中国人がよく使う)銀聯カードでの購入は単価8000円と、日本人の2500円の3倍以上だ」と言う。実際、17年11月に開店した宇治駅前の店舗では、多くのアジア系の顧客でにぎわっていた。
戦略を実行するにあたって重視するのがレジを通過したPOS情報である。同社は毎日どの商品がどの店で何時に売れたのかを集計・分析し、全社員が見られるようにしている。しかし、以前は外国人の購買を知る手立てがなかった。
そこで、銀聯カードの利用をデータに反映し、2015年には食品の免税対応に取り組んだ。POSレジで免税処理に対応するとパスポートの情報を得られるので、どこの国や地域の顧客が購入したのかを把握できるからだ。「Facebookページで『いいね』した外国人の半分くらいが台湾からと推定していた。POSデータから、実際に台湾の顧客がインバウンドの7割であることが分かった」(広瀬専務)
そこで同社は台湾でマーケティング施策を打ち出すことにした。ただし「台湾に店舗を出店するだけでは、飽きられたらその先がない。やはり本場の日本に来ていただく仕掛けにできないかと考え」(広瀬専務)、16年7月に喫茶のみを開いた。台湾向けのFacebookページを開設するとすぐにファンが10万人を超え、台湾の長期休みの1カ月ほど前に試食イベントを催すなどした。結果として、台湾と日本の店舗で同じカードが使われており、日本への誘客効果が認められるという。
こうした一連の施策が功を奏して、外国人の顧客は、17年の8月期に3万人と、15年の1.5倍まで増えた。
静止画より動画が効果
大日本印刷(DNP)は、マレーシアのクアラルンプールで日本文化の体験型展示イベントを運営している。展示場所は「ISETAN The Japan Store」内のイベントスペース「CUBE_1」。2016年10月に開催した写真家の蜷川実花氏による写真展を第1弾とし、17年1月には花見の文化と日本食を現地の人が体験するという第3弾の企画を実施した。
イベントを率いるDNPのABセンターマーケティング本部 アーカイブ事業推進ユニット ビジネス企画開発部 アジアクールジャパングループの木藤聖直リーダーは、「来場客から、リーチしたい層にイベントに関する情報が届いていた感触はあったが興味や反応が分からず、効果測定ができていなかった」と言う。
そうしたなか独自のロジックでSNS上で影響力のあるユーザーを分析したところ、DNPが採用していたネットユーザーのSNSへの影響力が限定的であることが分かった。また、写真などの要素の効果を測り、仮説の構築と検証を重ねた。ここからマレーシア人にはなじみの薄い日本文化を伝えるには、静止画よりライブ感が伝わりやすい動画の方が効果的といったことも分かった。
この経験を基に、第4弾となる子供向けの知育体験イベント「TOYBOX of JAPAN」ではプロが撮影した告知動画を用意。SNS上のシェア拡大を狙ったところ、Facebookではそれまでの最高水準の視聴数となる5万6000回超となり、来場数は前回の3倍近くになった。木藤リーダーは「データを基に明確な数字が上がり、ユーザーの反応も即座に分かった」と手応えを感じている。
無料SIMで外国人の位置を把握し分析
ビッグデータを活用してインバウンド向けの新たなビジネスを立ち上げる動きも加速している。スタートアップのWAmazing(東京・港)は、そうした新規参入の1社だ。日本の主要な空港で訪日外国人に対して無料でSIMカードを配布し、滞在中にアプリを利用しながら各種のサービスを利用してもらうというビジネスモデルだ。
WAmazingは17年2月に成田空港で無料SIMの提供サービスを開始。関西国際、中部国際、富士山静岡、青森空港に展開している。台湾、香港と中国本土からの旅行者を対象としている。
まず外国人旅行者は日本に来る前にWAmazingのアプリをダウンロードし、会員登録する必要がある。そこでホテルやスキーなどのアクティビティーや空港からのタクシーを紹介して、事前の予約を受け付ける。
空港で受け取ったSIMを自分のスマホに挿入すると、通信サービスが使えるようになる。そして目的地や観光案内所へのナビゲーションや観光タクシーなどの手配ができる。チャットによる案内サービスなども提供する。
リクルートで位置データなどを活用したコンサルティングを手掛けていた加藤史子代表取締役CEOは、「旅前と旅中で日本を気に入ってもらい、旅の後ももう一度来たいと思って計画をしてもらえるような循環を作りたい」と言う。
データの活用も進めている。現時点では出入国の空港や人気の宿泊施設、手配から旅行までのリードタイムなどをデータとして蓄積しており、17年12月からは許諾を得て位置情報の取得を始めた。加藤CEOは「今後、行動データについて分析し、サービスの利用者にさらに的確な提案をしていきたい」と先を見据える。
(日経ビッグデータ 中川真希子、多田和市、市嶋洋平)
[日経ビッグデータ2017年12月号の記事を再構成]
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