神聖な「節分の儀」、一筋縄ではいきません
立川吉笑
隔週日曜に更新している師匠・談笑と私による連載企画。今回もよろしくお願い致します。
年が明けてからもずっと気を張ってピリピリムードだったのが、今日からようやく一息つけるようになる。ありがたいことに今年も無事に節分の日、それに伴う節分の儀を滞りなく済ませることができたのだ。
「一年の計は節分の日にあり」といわれているように、1年365日の中で、最も大事なのは節分の日だ。次に大事なのは勤労感謝の日、そして振り替え休日と続くわけだが、やはり節分の日は最も大事にすべきだし、私も例外なくこの節分の日に全てをかけている。
節分の儀で重要なのは、近ごろは全国的にも広がりつつある「恵方巻き」が真っ先に思いつく。
その年の恵方を向きながら太巻きを丸かぶりする恵方巻きは、一年に例えると節分の日くらい、節分の儀にとって重要なものだ。
■恵方に付けられた条件とは
当然私も恵方巻きを食べた。
恵方巻きの難しいところは恵方が毎年変わることで、今年の恵方は初心者には「南南東」と伝えられていたけど、正しくは「南南東やや南」。さらに信頼できる筋からリークしてもらった情報によると「南南東やや南(精神的には西向きのつもりで)」であった。
恵方を定めるために私の家のダイニングには大きな方位磁石が埋め込まれている。5メートル四方の方位磁石の上に強化ガラスを敷き、その上にダイニングテーブルを配置してあるので足元を見ればどちらが南南東かは一目でわかる。
ただ今年難しかったのは「南南東やや南(精神的には西向きのつもりで)」の(精神的には西向きのつもりで)という条件であった。
「南南東やや南」は「やや」の解釈で悩みこそすれ、まぁ普通に向くことはできる。ただそのとき、当然として私は「南南東やや南」を向いていると思ってしまっている。それでは(精神的には西向きのつもりで)という条件に反するので、必死で「西」を向いてるつもりになろうとするけど、どれだけ「西」を向いてる気になっても、実際は自分が「南南東やや南」を向いていると知ってしまっているため、僕が思っている「西」は西ではなくもはや「南南東やや南」なのだ。
どうしたものかと小一時間悩んだあと、一つの策を思いついた。手順はこうだ。
1、自宅に後輩を呼ぶ。
2、座面が回転するイスに座る。
3、太巻きを持って目隠しをする。
4、後輩に「西に向けますからねー」と言いながらイスを回してもらう。
5、「南南東やや南」でイスを止めたにもかかわらず「はい、西に向きましたよー」と伝えてもらう。
6、太巻きを食べる。
1~6により、実際は「南南東やや南」を向いているのに精神的にはすっかり西を向いている気になっている自分をつくり出すことができるのではないか。
「これは妙案だ!」と早速作業に取り掛かる。そして、すぐにこれではダメだと気付かされた。
目隠しをして「西に向けますからねー」と言われながら「南南東やや南」に向けてもらって、「はい、西に向きましたよー」と言われたところで、私は自分が本当は「西」ではなくて「南南東やや南」を向いているのだろうなぁと思ってしまうのだ。自分が後輩にそう指示を出したのだから仕方がない。
自分が恣意的に(精神的には西向きのつもりで)という状況を作り出そうとしている時点で、どうしたって本当は西向きじゃないと認識してしまうのだ。
そう考えると解決法はひとつしかない。自分としては西を向くつもりはないけど、結果的に西を向いてしまっている状況をつくるのだ。果たしてそんなことは可能なのか、あれこれ試行錯誤するうちに、ある方法を発見した。目を回せばよいのだ。
その場でぐるぐる高速回転し、目が回りきった状態で、自分は本気で西を向こうとする。すると、西を向こうと思っても目が回り足元がおぼつかないことで、奇跡的に南南東やや南を向いた瞬間が訪れるのではないか?
もしその瞬間があれば、私は「南南東やや南(精神的には西向きのつもりで)」という状態になれているはずだ。その瞬間を逃すことなく太巻きを食べれば、これで恵方巻きの完成となる。
■認識との闘いに再び敗れる
前後不覚になるように念入りにその場で回転してから、いざ本番を迎えた。
私はひたすら西を向こうと努力をする。
それでも目が回って思うように体を動かすことができない。
よたよたと私があらぬ方向を向いた瞬間に後輩が「今です!」と合図を出してくれた。
よし、あとは太巻きを口にほお張るだけだ。さぁ、これで完成だと思った矢先に、あることに気が付いた。
後輩に「今です!」と言われた瞬間に、それまで西を向いているつもりだったにも関わらず、それは間違いで実際は「南南東やや南」を向いているのだと認識してしまうのだ。そのように指示をしたのは他ならぬ自分だから当然だ。
いよいよ追い詰められた私だったが、諦めずに考え続けた結果、ブレークスルーの瞬間は訪れた。いつだって神様は努力を裏切らないのだ。
西を向いているつもりなのに、実際は南南東やや南を向いてしまっている自分をつくる方法。それはあまりにも単純だが、目の位置を頭の側頭部にずらすだけでよかったのだ。通常我々は目も鼻も口も同じ方向に配置している。そして、その方向を自分にとって正面だと信じ込んでいる。
そりゃ目も鼻も口も同じ方向にある方が便利だからそこが正面だと思ってしまうが、ご存じの通り目も鼻も口もワンタッチで取り外すことができるし、取り外したそれらを身体のどこにでも付け直すことができる。
ということは、いつもの状態で「南南東やや南」を向いておき、その状態から目尻と目頭を長押しして目だけ取り外し、それをちょうど西向きにくる位置で固定したらいいのではないか。
視線は明らかに西を向いているから、当然自分は西を向いているんだなと心から思える。でも実際は目が西を向いているだけで、眉毛も、鼻も、おへそもスネも、そして当然ながら口も南南東やや南を向いている。
そんな状態で太巻きを食べたら、それは見事に「南南東やや南(精神的には西向きのつもりで)」を実践したことになるのだ。
かくして私は今年も無事に節分の日を乗り切ることができたわけだが、それで満足などせず、早くも来年を見据えている(実際は目の位置がずれたままなので再来年の方を見ているのはごあいきょう)。
本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子(でばやし)は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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