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あの人が語る 思い出の味

五輪勝負の朝 緊張といた白飯 岡崎朋美さん 食の履歴書

NIKKEIプラス1

2018/2/2

1971年生まれ。小4でスケートを始め、釧路星園高校を経て、富士急行で選手として活躍。94年のリレハンメル大会から5大会連続で冬季五輪に出場、98年の長野大会500メートルで銅メダル獲得。女子短距離で初のメダリストに。W杯12回優勝。一児の母。遠藤宏撮影

まもなく平昌五輪が開幕する。冬季五輪に5大会連続で出場し、長野大会では女子のスピードスケート短距離で初のメダリストとなったのが岡崎朋美さんだ。冬の五輪が近づくと、合宿地だった長野の居酒屋で食べた鍋や煮物を思い出すという。

■戦闘意欲高めた肉料理

スピードスケート選手の生活は、季節ごとに大きく変わる。春から夏はひたすら陸上トレーニングの日々。秋から冬になると合宿に入り、とことん滑り込む。合宿地は長野が多かった。厳しい練習の日々、岡崎さんの楽しみは行きつけの居酒屋だった。酒を楽しむわけではなく、目当ては、おかみさんの家庭料理だ。

地元産の根菜をふんだんに使った煮物、白菜などの葉物野菜や白身魚、豚肉、豆腐がぐつぐつ音をたてる特製の鍋。合宿所の食事に飽きると、決まって足を運んだ。大会が近づくと、大きなステーキをお願いした。基本は野菜好きだが、野菜中心の食事ばかりだと、どうも気持ちが優しくなってしまう。レース前、戦闘意欲を高めるために、肉は欠かせなかった。

ワールドカップなどで海外に遠征する時は、米を持参した。選手用食堂の米はタイ米が多く、しっくりこない。自室で米を炊き、食堂に持ち込んだ。おかずは洋風でも、白いご飯があれば安心だった。

銅メダルをとった長野五輪の500メートル。直前の国際試合で何度も表彰台の真ん中に立った岡崎さんへの期待は日を追って高まっていき、レース前夜は緊張で眠れなかった。

それでも、朝食にほかほかの白いご飯を食べたら、なぜか気持ちが落ち着き、部屋に戻り少し眠ることができた。地元開催の五輪だったから、選手食堂にはご飯も、うどんもあった。「あれがなかったらメダルに手が届いたかどうか」

ただレースが終わると、炭水化物や肉など重い物は体に入れたくなく、野菜スープのような、やさしい物が欲しくなったものだ。国内の大会は朝が早く、レースは9時から始まる。6時には会場に入るので、ホテルの朝食は間に合わない。ファミリーレストランで朝食をとり、リンクに向かうことも珍しくなかった。海外のワールドカップなどはお昼ごろから始まることが多い。日本の大会の午前開催には「選手の身になってくれよ」と、よくぼやいたものだ。

■食の原点は取れたて野菜

生まれは北海道、知床半島の付け根にあたる斜里郡清里町だ。実家は今も酪農を営む。母が畑で育てるナスやインゲンなどの野菜が毎日の食卓に並んだ。トマトやキュウリは自分でもぎ、そのままかぶりついた。鼻をかすめる青臭さが好きだった。雄大な道東の大地の恵みが、岡崎さんの食の原点だ。

スケートとの出合いは小4の時。友人の背中を追うようにスケート靴を履いた。運動神経が良く、陸上やバレーボールでは地元の大会で活躍していたが、冬にできるスポーツはスキーかスケートしかない。高校で釧路の強豪校に進み、本格的にスケートに打ち込むようになる。釧路の下宿先の食事は量重視。初めてどんぶりでご飯を食べた。

高校時代は全国大会の4位が最高で、表彰台に届かないレベルだった。自分が数年後、五輪に出場するなんて、当時は夢にも思わなかった。運命が大きく転がり出す舞台が、地元釧路で開かれた全日本選手権だった。選手に交じって、地元の高校生たちも滑らせてもらった。あまたの高校生の中から、富士急行の監督が素質を見抜き、声をかけた。

■記録支えた特別食

橋本聖子さんなどトップ級選手の背中を必死で追いかけるうち、持ち前の才能が開花。富士急時代は最初、独身寮で一般社員と同じ食事を取っていた。せいぜいご飯をおかわりするくらいだった。これではいかんと寮を出て、自炊するようになった。監督が「どうせろくな物を作っていないのだろう」と、懇意にしている地元ペンションの経営者に頼み、昼と夜の食事の面倒をみてもらうようになった。

食の環境が整うにつれ、記録も伸びていく。入社3年目の全日本選手権で初優勝。4年目にリレハンメル五輪の代表に選ばれた。長野、ソルトレークシティー、トリノと3大会連続で入賞、バンクーバー大会は38歳で臨んだ。2007年に結婚、一児の母。今の食事メニューは娘中心だ。

平昌五輪ではスピードスケート女子にメダルラッシュの期待がかかる。「小平奈緒さんも高木美帆さんも強さは異次元。きっとやってくれる」。インタビューの最後、世界のファンを魅了した朋美スマイルで締めくくってくれた。

■引退後は脂身の肉も

岡崎朋美さん(元スピードスケート選手)が行きつけの焼き肉「スップル」

家族3人、多い時は週に1回通うのが、都内・二子玉川の焼肉店スップル(電話03・3708・5955)だ。現役時代は肉なら赤身が中心だった。今は脂分の多いカルビのほか、軟骨系やホルモン、ミノ、タンなども好む。ご飯は食べず、冷麺を選ぶ。青いトウガラシを別にもらってすりつぶし、辛く仕上げるのが岡崎流だ。もともと辛い物好きだが、自宅での食事は娘に合わせるので、辛い料理は外食でしか口にできない。

お供は最初に冷えたビールを1杯。2杯目からは高麗人参酒がお気に入りだ。飲めば体がぽかぽか温まり、新陳代謝が良くなるなど、体にも良いそうだ。

店主のこだわりは肉の鮮度と質で、おいしい肉を安く提供するという。「だからこそ、しょっちゅう来ることのできるお店」(岡崎さん)なのだろう。

■最後の晩餐

やはり母の手料理ですね。一つと言われたら、茶わん蒸しです。具はしいたけ、栗、かまぼこ、鶏肉、ねぎなど。ダシがしっかり染み込んで、冷めてもおいしいです。酪農の仕事からいつ戻ってきても食べられるように、大きな鍋でたくさん作っておくんです。

(編集委員 鈴木亮)

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