専業主婦が働き始めるのは簡単なことではありませんでした。「社会の壁」に続く2つめの壁は、自分自身の心の中にありました。プライドを持つことは大事ですが、時にそのプライドが足かせとなり、新たなスタートを切れないことがあります。11年11月、ようやく得た会員制クラブの電話受付を始めたばかりの頃、私もそんなプライドと格闘しました。

人生経験を評価したホテル総支配人がキャリアの扉を開いてくれた(Waris提供、工藤朋子撮影)

最初のうちは、決まった席さえもらえませんでした。毎日、自分の荷物を箱に詰め、休みの人の席へと移動しました。わからないことを何でも質問していたら、周りの人にしつこい奴だと思われ、迷惑がられました。電話の声がうまく聞き取れず、「電話の応対もまともにできないのか!」と嫌みを言われたこともあります。

そのたびに悔しくて、言い返したい気持ちになりましたが、ここでけんかをしたら負けです。ぐっと我慢をし、批判は批判として素直に受け止め、どう改善できるのかを考えました。

子ども向けの誕生会を成功させ、チャンスをつかんだ

ブレークスルーのきっかけは、みなが嫌がる仕事を率先して引き受けたことです。会員制クラブには「子どもの誕生会をしてほしい」という依頼がたくさん舞い込んできました。面倒くさがって誰も担当したがらないこの仕事を、私は喜んで引き受けることにしました。専業主婦は、ある意味、誕生会運営のエキスパートです。子どもたちが何を喜ぶかを考え、パーティーを企画するのは大得意でした。

ケーキを焼いてもらったり、風船アーティストやマジシャンを手配したり。担当した誕生会は大好評で、ますます依頼が殺到しましたが、スタッフには不評でした。というのも、子ども向けの料理は単価が安く、誕生会は手間がかかります。「面倒な仕事ばかり受けてきて」と文句を言い出す厨房スタッフもいたため、その人たちが面倒くさくならないよう、ハンバーガーにちょっとしたソーセージやフレンチフライが付く誕生会向けのメニューを考えるなど、パッケージを作って対応しました。

そうして工夫を凝らしていたら、ある日、予想もしなかったほど大きな仕事が舞い込んできました。誕生会のお客様から、「うちの会社の懇親会をここで開きたいから、シンシアさん、担当してくれ」と言われたのです。

私の立場はアルバイトでしたから、「なぜ、あなたが?」と不満げなスタッフもいましたが、お客様の指名なので文句は言えません。その懇親会を成功させたのをきっかけに、さらに多くのお客様から依頼を受けるようになり、ついには12年のクリスマス。クラブで開催されるすべての宴会スケジュールを、私の担当で埋め尽くすことができました。

「これだけの実績をあげたのだから契約社員になれるだろう」。そう思って交渉に臨んだのですが、クラブの回答は「時給を100円アップします」というもの。元専業主婦がステップアップするのは、そう簡単ではなかったのです。

52歳元専業主婦の可能性に賭けてくれた上司

日本では多くの場合、「専業主婦」は「新入社員」以下です。若さもなければ、経験もない。そのうえ、扱いにくい。企業が採用したがらない理由もよくわかります。しかし、「専業主婦だから無理」と女性がキャリアを諦めてしまうのも、「専業主婦は使いにくい」と企業側が決めつけることも、社会にとっては大きな損失だと思います。

私にとって会員制クラブはあくまで始まりに過ぎませんでした。その仕事にこだわる理由は何もなかった。契約社員になれないとわかった時点で、すぐに次のステップを探し始めました。

「うちで働いてみないか?」と誘ってくれたのは、バンコク(タイ)から東京に赴任してきたばかりのANAインターコンチネンタルホテル東京の総支配人でした。彼はカナダ人で、バンコクでは2人のお嬢さんが私の働くカフェテリアに通っていました。私は「給食のおばちゃん」として子どもたちに食事指導をしていましたから、彼は娘さんを通じて私のことをよく知っていて、東京に赴任したのをきっかけに声をかけてくれたのです。

彼は過去の実績ではなく、私の人生経験を見ていました。5カ国に滞在した経験もあるのだから、英語もできる。異文化のこともよく知っている。カフェテリアをマネージした経験があれば、ホテルの仕事もできるはず――。つまりは、52歳元専業主婦の可能性に賭けてくれたのです。

13年3月、私は会員制クラブの仕事を辞め、ANAインターコンチネンタルホテルに契約社員として入社しました。ホテルに勤務している間、要人相手の宿泊セールスとして、1億円を超える案件も手がけました。社内の人手不足を解消するため、友人の専業主婦を何人も職場に引き込み、キャリアを再スタートさせました。現在に至る、日本での「出世」はここから加速しました。

(ライター 曲沼美恵)

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