うまみ凝縮、憧れの熟成肉 特殊シートで安く簡単に
しばらく寝かせてうまみを増した「熟成肉」。確かにおいしいが、価格も高い。それが手軽に、安く、さらには自宅でも簡単に食べることのできる日は近いかもしれない。特殊なシートを巻くだけで簡単に熟成肉が作れるという。本当にそんなおいしい話があるのか。
「うまい肉が食べたいからよろしく」。2017年末、先輩のH記者から忘年会の店選びを頼まれた。「おいしい肉といえば熟成肉かな……」と探したところ、これが高い。5000円以上の予算が設定されている店がずらりと並ぶ。おいしい肉は高いのかと肩を落としていたところに、最新の技術で熟成肉が安く食べられるというニュースがあったことを思い出した。
シートを巻くだけ 家庭用冷蔵庫でも
飲食店の企画や運営を手掛けるフードイズム(東京・渋谷)と明治大学は共同で短期間で熟成肉を製造できる技術を開発した。熟成肉は肉の表面でカビを繁殖させて発酵し、内部でうまみ成分を増幅させたもの。カビの付いた部分は捨てなければいけない。「科学的な分析がされず、発酵に失敗して腐敗するリスクも高かった」(フードイズムの跡部美樹雄社長)
あらかじめ熟成に必要なカビの胞子を付着した特殊な布「エイジングシート」を開発。これを肉に巻けば、簡単に安全な熟成肉を安定してつくることができるという。従来は100日間必要だった熟成期間は30日程度に短縮。廃棄率も50%から20%程度に下げられるそうだ。
どれほど簡単にできるのか、記者も跡部社長に教わりながら実際に試してみた。シートは現在、業務向けのみの販売で単価は横1メートル、縦50センチで4800円。これで20キロ分の肉が巻けるといい、今後は一般家庭向けの販売も目指すという。シートは必要な分だけ切り取って包帯のようにくるくると巻いていく。多少隙間があってもOKだ。
この上から乾燥を防ぐため、通常の肉の保存に使われるミートラップという布をかぶせ、冷蔵庫で30日間保存する。さすがに専用の冷蔵庫が必要でしょ、と勘繰っていたら「特別な温度調整も必要はなく、他の食材が入っていても問題ない」と跡部社長。カビが発生した肉の処理など衛生面の問題からまだ家庭向けには販売していないが、技術的には家の冷蔵庫でも簡単に作れるようだ。
跡部社長が1カ月間おいてあった熟成肉を取り出すと周りはカビだらけ。丁寧にそいでいくと濃い赤色の肉が現れた。エイジングシートでは、この捨てることになる肉が通常の半分程度で済むという。回りをカビが覆うことで腐敗菌を寄せ付けないため、衛生的には生で食べることもできるというから驚きだ。
柔らかくナッツのような香り
実際に味はどう違うのか、普通の肉と通常の製法でつくった熟成肉、エイジングシートを使って作った熟成肉を焼いて食べ比べてみた。使用したのは比較的赤身の多いA3ランクの和牛。そのまま食べても十分おいしかったが、熟成肉にすると香りが違う。生の段階ですでにナッツのようなまろやかな香りがする。口にいれるとミルクのような濃厚な味わいで思わずお酒が欲しくなる。食感も軟らかい。エイジングシートで作った熟成肉の方が香りは若干強く、味も濃いような気がした。「熟成の期間によって味の濃さや香りは変えられる」(跡部社長)という。好みの香りや味を調整してみてもいいかもしれない。
冷めてから食べると普通の肉は肉汁がでて水分が流出し、ばさぱさになった。一方、熟成肉は冷めてもジューシーで肉の繊維をあまり感じなかった。熟成する間に内部の水分が凝縮されで流出しづらくなり、筋肉繊維もほぐれやすくなるからだという。発酵されるため消化にも良く、たくさん食べても胃がもたれない。昼食を食べたばかりなのに気がつくと用意された200グラムの肉を1人で平らげてしまった。
エイジングシートを使用すれば肉であれば何でも熟成可能だ。スーパーで売っている安価な輸入牛肉でもおいしくできる。フードイズムは現在鶏肉と魚を使ったメニューを飲食店向けに提案中で、鶏肉は18年中に都内の飲食店で食べることができそうだ。ジビエなどもおすすめで、獣臭さを消すことができるという。
エイジングシートを使用した熟成肉は現在、レストランの「旬熟成六本木店」と東京・銀座の大型複合施設ギンザ・シックス内にある「旬熟成 GINZA GRILL」、東名高速道路下り港北パーキングエリアのフードコートなどで食べられる。すでに17年10月に全店で「熟成肉バーガー」を期間限定で販売したファーストキッチンとファーストキッチン・ウェンディーズでは18年春すぎに新メニューを発売予定。他にも全国のレストラン数十店舗が年内に提供する予定で、今後食べる機会は増えそうだ。
(渋谷江里子)
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