高機能VRが身近に 第三の選択肢、一体型HMDとは?
西田宗千佳のデジタル未来図
仮想現実(VR)元年といわれた2016年から2年。まだ一般に広く普及とまでは言えないが、ゲームや産業向けでの活用は広まっており、着実に成長している。そして18年はVRが大きく飛躍する年になる可能性が高い。「一体型ヘッドマウントディスプレー(HMD)」が続々登場し、百花繚乱(りょうらん)の様相を見せようとしているからだ。本格的なVR体験がより手軽に楽しめる一体型HMDとはどんなものなのか? 18年1月に米ラスベガスで開催されたCESで発表になった、レノボの「Mirage Solo」から探ってみよう。
ハイエンドとスマホ VRは「一長一短」
VRといえば誰もが思い浮かべるのが頭に装着するHMDだ。現状、HMDは大きく2つに分かれる。
一つは、高性能なゲーム用パソコンやゲーム機とケーブルで接続した「分離型・ハイエンドVR」。画質が高く、体の位置や動きを取り入れた高度な体験ができるため、先端のVR体験は、ほぼこちらのタイプで実現されている。欠点は、高価な機材が必要になることと、ケーブルなどが邪魔になることだ。体験の質は高いがお手軽ではない。
もう一つのHMDは「スマートフォン(スマホ)型」。簡単なケースにスマホを差し込んで、HMDとして使うものだ。Googleが規格化した「Daydream」や、韓国サムスン電子の「Gear VR」のように、かなり質の高いものもあるが、段ボール製のシンプルなゴーグルもある。雑誌の付録にもなるくらい手軽で、ほとんど手間は掛からない。
だが、その分体験はシンプルだ。自分がどちらを向いているか、くらいしか体験できず、手や体を動かしても何も起こらない。360度動画を見るだけならいいが、本格的なVR体験には、力不足である。
HMDの第3の選択肢として登場するのが「一体型HMD」である。「高品質なVR体験」という分離型の利点と「手軽に使える」というスマホ型の利点を兼ね備えたものになる。
「6DoF」を実現したMirage Soloは本格派
具体的にどういうものになるのか、レノボが18年第2四半期に発売を予定している「Mirage Solo」で見ていこう。
Mirage Soloの外観は、分離型のハイエンドVR用HMDのように見える。実際のサイズもほぼ同じだ。ハイエンドVR用HMDと違うのは、ケーブルがどこにも伸びていないこと。画像を処理する「本体」が、HMDの中に一体化されているのだ。だから「一体型HMD」「独立型HMD」などと呼ばれる。
ただし、処理能力は分離型のハイエンドVRで使うゲーム用パソコンと比べて非力だ。すごく簡単に言えば、スマホが中に入っているようなものだ。
Mirage Soloは、プロセッサーに、米クアルコムのSnapdragon 835を搭載している。ASUSの「ZenFone 4 Pro」などで使われているスマホ用としては高性能なプロセッサーだ。メモリーは4GB、ストレージは64GB備えており、現在のスマホで見ると上位の性能、といえる。7時間動作するバッテリーを搭載しており、電源ケーブルもない。ゲームパソコンやPlayStation 4ほどの能力はないが、かなりクオリティーの高い映像を生成できる。筆者も短時間だが、実際に試してみた。映像のクオリティーはなかなかで、偽物でないVR体験ができる。
Mirage Soloが優れているのは、俗に「6DoF(six degrees of freedom)」と呼ばれる自由度を実現していることにある。6DoFとは「6軸の自由度」という意味だ。
スマホ用のVRは「3DoF」で、顔の向き(上下を向く、左右を向く、首を傾ける)の3つの軸の動きだけに対応する。6DoFの場合はそれに前後左右上下への移動という3つの軸が加わる。仮想空間の中を移動するような動きに対応できるわけだ。分離型のハイエンドVRは、ほぼすべてがこの6DoFに対応している。
Mirage Soloは、プレーヤーの位置を検知するため、本体正面にセンサーを搭載している。一見2眼のカメラに見えるものがそれだ。これによって6DoFを実現する。これは俗に「インサイド・アウト」と呼ばれる方式で、外部にセンサーなどの付加機器を設置する必要がなく、取り扱いが簡単なのが特徴だ。他のハイエンドVRでは、認識精度や認識範囲の広さを優先し、外部に設置したカメラやレーザーを使って位置を把握するものが多いのだが、この製品の場合には、あくまでシンプルさ・手軽さを優先している。
実際にはどこまでも移動できるわけではなく、数mも動かないうちに「エリア外警告」が発せられる。基本的には、「椅子に座って体を大きく前後左右に動かす」くらいの自由度を想定しているようだ。だから、部屋の中を歩き回れるハイエンドVRと比べると制限はあるのだが、それでも、6DoFが簡単に実現されているのは大きな利点であり、魅力的な体験だった。
欠点もある。
価格はハイエンドVRと比べれば安いとはいえ「400ドル以下を目標に開発中」(レノボ)とのことで、それなりになる。段ボールのキットで体験するスマホ型VRに比べればかなり高価だ。
片手で持って使うコントローラーが付属するが、こちらは3DoFしか判別しないので、向きは変えられても移動はできない。「仮想空間に置いてある箱の中に手を入れる」ように使えるわけではない。
とはいえ、体験とコスト、手軽さのバランスで見れば、Mirage Soloが魅力的な製品であるのは間違いない。
どんどん増える一体型HMD
Mirage SoloはGoogleのHMD規格Daydreamを使っている。Daydreamはもともとスマホ型HMDとして規格化されており、自由度も3DoFにとどまる。これに位置情報を追加するためにGoogleが規格化した「WorldSense」を組み合わせて6DoFにした。いずれもレノボ固有の技術ではないため、他のメーカーからも似たような製品が出てくる可能性は高い。
Googleだけでなくクアルコムも一体型HMD用のレファレンスデザインを作っており、それらを使えば一体型HMDの開発は容易だ。中国メーカーなどが次々と一体型HMDを投入することを発表しているが、その背景にこういったレファレンスデザインがある。
さらに分離型のハイエンドVRの会社も一体型HMDに取り組んでいる。
HTCは中国市場向けに、「HTC Vive Focus」という一体型HMDを発売している。性能はMirage Soloに近く、6DoFもサポートしている。価格は3999元(約7万円)からで、Mirage Soloより高い。
VRプラットフォーム大手でFacebook傘下のOculusは、「Oculus Go」を18年中に発売予定だ。こちらは199ドルでの販売が予定されていて、Mirage Soloよりさらに安い。だが、スマホ型VRと同じく3DoFまでの対応となる。プロセッサーの性能もワンランク劣る。さらに別に「Santa Cruz(開発コード名)」と呼ばれる6DoF対応の一体型HMDを開発中で、こちらは開発者向けの初期モデルを18年前半に出荷する予定だ。
スマホとは別にVRの専用機器を買う人がどれだけいるか、懐疑的な人も少なくない。だが、本当に良い体験が提供できるなら、人はそれを求める。魅力的なゲーム1本のためにゲーム機を買うのと同じことだ。そして本当によくできたVRには、それだけの魅力がある、と筆者は考えている。
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
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