日経デザイン

つくる:架空のターゲットのために作らない

帆布とは、木綿または麻の糸を平織りにした厚地の織物。丈夫な上、天然素材なので経年変化も楽しめる。そんな帆布で職人用のかばんを本格的に作り始めたのが、2代目の常次郎さんだ。大工や左官職人の道具入れや薬屋、牛乳屋、酒屋の配達袋など、それぞれの用途に合わせて作り、さらに使い手の要望に応えながら改良もしていたという。

例えば、牛乳屋の配達袋の場合、牛乳瓶がきっちり収まるように底は円形。持ち手は、交換可能なロープにした。牛乳瓶をぎっしり詰め込み自転車のハンドルにぶら下げて使われるため、持ち手が傷みやすいからだ。また、牛乳がこぼれても袋の中に溜まらないように、底にはハトメの穴を1つ開けていた。さらに、自転車に当たって擦れる部分には生地を二重にするなど、牛乳屋にとって至れり尽くせりのかばんだった。

かつて作っていた牛乳配達用の袋(レプリカ)。現在は底に穴のないタイプを販売している

知らない誰かのためではなく、あくまでも使う人のことを考えて職人が工夫しながら作る。どのかばんもファッションとして誕生したのではなく、目的から生まれたもの。いわば、お客さんと従業員がデザイナーという考えだ。そうした考えは今でも一澤信三郎帆布に根づいている。

その後、業務用のかばんを店頭に並べてみたら、一般の人たちにも売れ始めた。職人のために作った余計な装飾のない機能的なデザインは、用途を限定しない魅力として受け入れられたのだ。そこから今度は、一般の人たちの要望に応えながら、改良を重ねて発展させている。

売る:直営で自分で売る

一澤信三郎帆布は、創業当時から製造直売。直営店は京都に1店舗のみ。卸売りもせず、自分たちで作ったものを自分たちで販売している。「帆布の匂いのする店で、直接触りながら気に入ったものを買ってもらうのが一番いいと思ってる」と信三郎さんは言う。職人が一つずつ丁寧に手作りしたものを、そのまま店頭に並べて売るので、流通コストや余計な人件費もかからない。だから、適正価格で販売できる。安く売るために材料費を削る必要もない。「ご飯は1日3回しか食べられへんやろ。ぎょうさん儲けることよりも、みんなが機嫌よく働けるほうが大事」

ホームページはあるが、オンラインショップはない。カタログを見て通信販売することは可能だが、カタログを取り寄せる場合も郵送のみ。支払いも振込用紙で振り込んでもらい、それから2カ月以内に配達するという。思い立ったらすぐ買えて、早ければ当日届く――そんな現代のスピード感とは真逆。「物も人もお金も瞬時に国境を越えるから、自分たちから越えなくてもあかんことない」という考えだ。実際のところ、海外からの問い合わせは少なくない。別注品のオーダーもある。最近もアメリカのビジネススクールの先生と生徒30名が見学に訪れ、イギリスの雑誌でも紹介されたという。

一澤信三郎商店の外観
店内