東大→マッキンゼー→お笑い芸人 てる美さんの脱線記石井てる美著 「キャリアを手放す勇気」

晴れて入社したマッキンゼーでは、予想以上に過酷な日々が待ち受けていました。仕事では、常に「普通以上」のスピードが求められ、結果を出さなければ評価されないというプレッシャーにさらされます。昼食のときですら「食べるのが遅い。コンサルタントは食べるのも早くないと!」と指摘されます。こうした環境で、著者はしだいに精神的に追い込まれていきます。日中は飲み物以外、喉を通らなくなり、月曜日を控えた日曜の午後になると、呼吸が乱れ始めるようになったといいます。

「何のために働いているのか」を問い直す

同じように体調を崩し、会社を休み始めた同期をみて「病んで休むくらいなら、辞めればいいのに」と思う一方、自分では辞める道を選べませんでした。「頑張れば報われるはず」という思いがあり、たった1年で辞めて履歴書に「傷」をつけるのを恐れる気持ちもあったようです。そうした葛藤の日々のなか、著者はふと「自分が本当にやってみたかったことは何だろう」と思うようになります。

「ちょっと待てよ。生きるために仕事をしているのであって、仕事のために生きているわけじゃない。そもそも私の人生なのに、なんでやりたいこともやらずに死にたくなってるんだろう。バカじゃないの。なに『マッキンゼー』だからって振り回されてんの。あくまでこの人生の主役は自分。自分が人生のハンドルをガツンと握って、いくらでも好きなようにしたらいいじゃん」
(第2章 私の決断 87ページ)

失敗とは、挑戦しないこと

自分のしたかったことを突き詰めて考えたとき、著者の頭に浮かんだのは「お笑い芸人」でした。小さいころから人を笑わせ、喜んでもらうのが好きだった著者にとって、お笑い芸人は、「生まれ変わったらやってみたい仕事」でした。非常識、リスクの塊、イタい……。頭の中では、何度も否定的な言葉が浮かんだといいます。しかし、そこで著者の決断を後押ししたのは「思い立ったら即行動」というマッキンゼーの哲学でした。

いざ実際に行動に移してみて、「予想通りにならなかった」「思っていたのと違った」ということはよくあることです。他人から見たら「失敗」と映るかもしれません。そんなときは、
「やってみたけど、ダメだった。やめる」
と言うのではなく、マッキンゼー風に、
「検証したけど、仮説がズレていた。修正する」
とキリッと言ってみましょう。なんだか一気に失敗の臭いが消え去りませんか。
(第3章 決断のその先へ 201ページ)

「挑戦した結果が思っていたのと違うというのは『失敗』ではありません。本当の失敗は、やりたいことがあるのに挑戦しないことです」と著者は語ります。今はまだ売れているとはいえず、壁にもぶつかりますが、自分の居場所を見つけたと感じ「お笑い芸人であることを心から楽しめるようになりました」と言える日々のようです。

「人の力を最大限活用する」「自分にとって居心地がいい場所にい続けてはいけない」など、本書では著者がマッキンゼーで学んだ仕事のエッセンスも生々しいエピソードとともに紹介しています。今年こそ、新しいことに挑戦したいと思う人にぜひ読んでほしい一冊です。

(雨宮百子)

◆編集者からひとこと 小谷雅俊

本書のもととなった単行本、『私がマッキンゼーを辞めた理由』(KADOKAWA、2013年刊)を初めて読んだとき、その衝撃的な内容にページを繰る手が止まらず、感動しました。「もっとたくさんの方に読んでいただきたい」。その一念で、文庫化を企画しました。

文庫化にあたり、タイトルをどうするか、著者の石井さんと打ち合わせを重ね、「キャリアを手放す勇気」という言葉に行き着きました。キャリアを「手放す」。その勇気が持てたことで、石井さんの人生は開けました。今の仕事に苦しんでいる方、就職活動に悩んでいる方などに、少しでもお役に立つとうれしいです。

「若手リーダーに贈る教科書」は原則隔週土曜日に掲載します。

キャリアを手放す勇気 東大卒・マッキンゼー経由・お笑い芸人 (日経ビジネス人文庫)

著者 : 石井てる美
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 864円 (税込み)

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