日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/1/31

「共感性の欠如」が幼児期までさかのぼって観察されるのであれば、人を悪行に駆り立てるものは、遺伝子なのだろうか。答えはイエスともノーとも言いきれない。双子の研究では、幼児期から青年期に見られる「冷淡で感情を欠く性質」は、相当な部分が親から受け継いだ遺伝子の影響であると証明されている。だが、反社会的な行動を取った母親から生まれた561人の子どもを対象とした調査では、愛情深い里親の下で育てられた場合には、「冷淡で感情を欠く性質」を示す確率がはるかに低くなると判明した。

善悪を「考えて」判断

一般に「サイコパス」といえば、映画や小説に登場するような冷酷な殺人鬼や異常犯罪者を連想するかもしれない。だが、そのような特異な存在かといえば、そうとも限らない。衝動的である、自責の念がない、病的な虚言がある、冷淡で共感性がない、といった20項目からなるチェックリストを用いると、男性の150人に1人の割合でサイコパスは存在するといわれる。一方で、米国とカナダの受刑者を対象にした調査では、男性のおよそ5人に1人がサイコパスと見なされた。

神経科学者のケント・キールは、過去20年にわたって受刑者の脳を磁気共鳴画像法(MRI)で撮影し、その違いを研究している。脳内には、感情の処理に重要な「扁桃体」という場所があるが、サイコパスと判定された犯罪者は、扁桃体の活動が通常の犯罪者よりも弱いことがわかった。また、彼らが道徳的な判断をどのように下しているのか調べるために、暴力的な写真を次々と見せたところ、それらに道徳的な問題があることは認識するが、道徳的な判断を助ける脳の領域の活動が弱い傾向にあることがわかった。

こうした結果からキールは、サイコパスの脳は、感情処理や意思決定、衝動の抑制や目標の設定を助ける、扁桃体や眼窩前頭皮質といった領域を結びつける機能に障害があると確信した。その欠陥を補うため、彼らは本来、脳の感情の領域で処理することを、ほかの認知をつかさどる領域を使って冷静に処理しているように見える。言い換えれば、私たちは善悪を「感じる」が、サイコパスは「考えて」判断していると、キールは述べている。

「思いやり」は育てられる

共感する能力や、その共感を思いやりの気持ちへとつなげていくことのできる能力は、先天的かもしれないが、生涯不変というわけでもない。同様に、サイコパス的な人格や反社会的な人格に発達する傾向も、幼児期に決まってしまうものではない。ここ数十年の研究により、私たちの脳は柔軟で、トレーニングをすれば、大人になっても優しさや寛容さを育てられることが証明されている。社会神経科学者のタニア・ジンガーは、その分野の先駆者だ。

人の痛みを感じ、それを和らげてあげたいと思う「思いやり」の気持ちを育てるにはどうすればいいのか。ジンガーらは、さまざまなトレーニングを行って、その効果を比較した。なかでも優れていたのが、仏教の伝統から生まれた方法だった。被験者に、両親や子どもといった自分の大切な人物を思い浮かべさせ、その人への親愛の情を胸の内で温めてもらう。そして、その温かい思いを向ける対象を、知人から見知らぬ人々、さらに敵にまで、徐々に範囲を広げていくというものだ。

ジンガーの研究チームは、こうした被験者たちに、つらい思いに苦しむ人々を題材にした短い動画をいくつか見せたときに、脳内回路がどのように働くか観察してみた。すると、わずか2、3日でもトレーニングを受けた人々は、受けていない人々よりも、強い同情心を抱くようになっていた。またジンガーらは、トレーニングを受けた被験者が、実際に人助けをするようになるかどうかを、コンピューターゲームを使って調べている。その結果、トレーニングを受けた被験者の方が、見知らぬ人に手を差し伸べる機会が増えることがわかった。

利他的な行動を取るように脳を導くことができるとすれば、私たちは今よりも崇高な社会を築けるかもしれない。その一つの方法として、学校教育に思いやりを育むトレーニングを取り入れることが重要だと、ジンガーは考えている。

(文=ユディジット・バタチャルジー、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2018年2月号の記事を再構成]

[参考]ナショナル ジオグラフィック2月号では、ここに抜粋した特集「善と悪の科学」のほか、鳥の知能/中国の胃袋を満たす/北極海 最後の氷/大嵐から立ち上がる家/カブールの中間層などを掲載しています

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著者 : ナショナル ジオグラフィック
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