村井邦彦、活動50周年 洗練され気品あるメロディー
「翼をください」をはじめ多くのヒットを放ち、自ら旗揚げしたアルファレコードで荒井由実やYMOといったスターを育てた作曲家の村井邦彦(72)が作曲活動50周年記念コンサートを開いた。往年のヒット曲の数々を懐かしむというより、近年制作した音楽劇や日本歌曲、ピアノ曲などを中心に披露し、現役作曲家としての意欲あふれるステージとなった。
記念公演、LAでの成果を披露
2017年12月15日、東京・渋谷のオーチャードホールで開いた同公演は「LA・ミーツ・トーキョー」と名づけられた。村井は50年のうち前半の25年間は日本で活躍したが、1992年に楽曲の著作権を扱う音楽出版社経営のため米ロサンゼルスに拠点を移した。後半の25年はロサンゼルス、LA在住なのである。
90年代半ばから作曲を再開し、近年はロス在住のホルヘ・カランドレリやクリスチャン・ジャコブという世界的な作編曲家と一緒に曲作りに励んでいる。主に村井がメロディーを書き、2人がアレンジするという役割分担だ。直訳すれば「LAと東京の出合い」となる同公演には、ロサンゼルスにおける創造的な日々の成果を東京でお披露目するという意味合いがある。
村井はカランドレリとジャコブをオーチャードホールに呼んで多くの曲の指揮とピアノ演奏を任せ、東京ニューシティ管弦楽団やジャコブが結成した「ティアニー・サットン・バンド」の面々、さらには鳥山雄司(ギター)や浜口茂外也(パーカッション)、小林香織(アルトサックス)といった日本の名手たちをバックに、新旧の自作曲を次々と紹介していった。
吉田美奈子が圧倒的な声量で歌った「アート・オブ・ミュージック~おめでとう50周年」、バイオリンの川久保賜紀やバンドネオンの三浦一馬らが情熱的な演奏を聴かせた「タンゴ」では、村井のユニークなメロディーセンスが際だち、カランドレリによる細部までよく練られたアレンジの力とあいまって、観客はぐいぐいとひき付けられていく。
日本歌曲、美しいハーモニー
ひとつのヤマ場になったのは村井作曲の日本歌曲だった。村井は「翼をください」でコンビを組んだ盟友の作詞家、山上路夫とともにライフワークとして日本歌曲集の制作に取り組んでいる。これまで「歌ってくれる人がいないから」と発表する機会がなかったが、双子デュオの山田姉妹が「夕ぐれの観覧車」と「モネの池」の2曲を美しいハーモニーで聴かせた。
華と麗の山田姉妹は東京芸術大学と国立音楽大学で声楽を学び、二期会オペラ研修所マスタークラスを修了した本格派の26歳で、相当な難曲を安定した音程で軽やかに歌いこなした。2人の歌声には気品と清潔感があり、村井・山上コンビの歌曲の歌い手としては打ってつけだろう。山田姉妹による日本歌曲集を聴いてみたくなった。
ハイライトともいえる圧巻のステージとなったのが「カリオストロ伯爵夫人」だ。2013年に劇団スタジオライフの音楽劇「カリオストロ伯爵夫人」のために村井が書き下ろした作品(作詞は倉田淳)で、今回はオペラのコンサート形式と同様に、ステージに並んだ歌手たちがそれぞれの役の歌を歌った。
編曲とピアノはジャコブ、オーケストラは森亮平指揮の東京ニューシティ管弦楽団、コーラスは洗足学園音楽大学ミュージカルコースの学生たち。そこに世界的なバイオリン奏者のバスコ・バッシレフがコンサートマスターとして駆けつけるという豪華版である。
健在ぶりを見せたベテランの小坂忠、オーストラリア出身で今は日本を拠点に大活躍している歌姫のサラ・オレイン、ミュージカルスターの海宝直人やtekkan、バリトン歌手の田中俊太郎といった実力者たちの中でも、確かな存在感を放っていたのが最年少の生田絵梨花。人気絶頂のアイドルグループ「乃木坂46」の一員で、ミュージカルでも活躍している注目株だ。伸びやかな美しい歌声で観客をうならせた。
村井の人柄と通じる作品性
コンサートの最終章で、ようやく往年の村井作品のヒットパレードとなった。村井自身がピアノを弾き、山田姉妹や吉田美奈子、小坂忠、小坂の愛娘のAsiah、tekkanらが19曲をメドレーで歌い継いだ。
テンプターズの「エメラルドの伝説」、トワ・エ・モワの「或る日突然」、タイガースの「廃墟の鳩」といった村井作品に共通しているのは、嫌みのない品の良さだ。幼いころから親しんだというクラシックやジャズの影響もあるのだろう。1960年代後半から70年代半ばという時代の音楽にしては、際立って洗練され、あか抜けている。下世話な雰囲気が全くないのである。こうした曲調の特徴は、多分に村井邦彦という人物の個性、人柄に通じていると感じる。
思えば、村井が音楽出版社のアルファミュージックを立ち上げたとき、作家契約第1号として迎えたのがまだ高校生のユーミンこと荒井由実だった。後にユーミンがつくりあげた都会的で、完璧なまでに洗練された品の良い楽曲の数々は、まさに村井作品の延長にある、あるいは村井趣味にぴったりの世界だったといえる。
この夜、自身の楽曲の表現者として村井が呼んだサラ・オレインや生田絵梨花、山田姉妹、三浦一馬をはじめとした若い才能たちも、それぞれ優れて個性的な人たちだが、清潔な品の良さという意味ではとても共通したムードを持っていて、村井の趣味が強固に一貫していることに改めて驚かされる。
村井は2018年中に「トーキョー・ミーツ・LA」を米国で開く予定だという。ライフワーク「日本歌曲集」のCD化、「カリオストロ伯爵夫人」のミュージカル化など、次々と夢を語る。有言実行の人だから、恐らくいずれ実現するだろう。「50周年」をうたってはいるが、過去よりも現在と未来にフォーカスしたエネルギッシュなコンサートだった。村井邦彦の今後がますます楽しみになった。
(編集委員 吉田俊宏)
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