もちろん、いくら自由な校風だといっても、高校生がパチンコをしたり飲酒したりするのは法律違反で、学校がそこまで認めているわけではありません。しかし、私の中では、他人に迷惑をかけることはしないという自分なりの一線をひいて、それを破らない範囲で遊びを優先していました。経験こそ価値。パチンコにしても飲酒にしても、当時の自分にとっては、貴重な社会経験の一つでした。

ところがある時、飲酒が見つかり無期停学処分をくらった。

須田氏は、停学処分を言い渡された飲酒事件を「一番印象深い出来事」と振り返る

2年の冬休みでした。ある夜、体育館の中にある体育の先生専用の部屋で、私と、ボクシング部の仲間、合わせて3人で、酒盛りをしていました。そこに酒があることを知っていて、こっそり忍び込んだのです。

盛り上がっている最中、巡回していた警備員に見つかり、逃げ出そうとしたら、すでにパトカーが6台ぐらい校内に入って来てサイレンで真っ赤。すぐに警察署に連行されました。警備会社から派遣されていた警備員は、私たちのことを水戸一高の生徒だとは気付かず、ただの不法侵入者か泥棒だと思っていたようです。

警察沙汰となったため、学校で大問題となりました。学校に呼び出された親は絶句。ボクシング部は連帯責任で活動停止。私も無期停学を言い渡されました。結局、停学は10日間ですみましたが、自宅謹慎中、反省文や読書感想文を何枚も書かされました。後で聞いた話だと、退学処分を主張した先生もいたようです。水戸一高時代で一番印象深い出来事でした。

夜中にみんなで高校の入口にかかる橋をピンク色に塗ったこともありました。毎日通る場所なのに色が暗くてどんよりしているのが気になっていて、陰鬱だと言う人もいたので、いたずら心も手伝い、鮮やかなピンク色に塗ってしまいました。翌朝、学校中が異変に気付きましたが、目くじら立てる人もなく、学校新聞で七不思議として取り上げられる大らかな学校でした。

自由な校風のせいか、水戸一高の卒業生にはクリエーターとして素晴らしい才能を発揮する人が少なくありません。例えば、オセロゲームを考案した長谷川五郎氏や、大ヒットしたゲームソフト「ファイナルファンタジー」の生みの親である坂口博信氏らがいます。直木賞作家の恩田陸氏も卒業生ですが、彼女の代表作の一つで映画化もされた「夜のピクニック」は、全校生徒が2日間かけて70キロメートルを踏破する水戸一高の名物行事「歩く会」をモチーフにしています。

部活動はボクシング部と相撲部を掛け持ちした。

中学ではテニス部でしたが、水戸一高ではボクシング部に入りました。理由は、あまり人がやっていないからです。スポーツは結構得意なほうでしたが、人気スポーツは小さいころからやっている人が多く、高校から始めても勝負になりません。あまり人気のないスポーツだったら、競技人口が少ないから高校から始めても活躍できるのではないかという計算がありました。