中世「黒死病」の感染経路 ネズミではなかった?

日経ナショナル ジオグラフィック社

2018/1/27
1986年、英ロンドンのイースト・スミスフィールドで集団墓地が発見された。ここには、1340年代に黒死病で命を落とした人々が埋葬されていた。当時の記録によると、1日あたり200人の犠牲者が埋葬されたという。(PHOTOGRAPH BY MOLA/GETTY)

しかし、黒死病の感染経路は別だったと主張する歴史家もいる。根拠のひとつは、黒死病が現代のどの伝染病よりもはるかに速く欧州に広がったことだ。加えて、現代のアウトブレイクの前には、ネズミの大量死がしばしば確認されているが、中世で同様にネズミが大量死したという記録は残されていない。

「遺伝学者や現代史の専門家は、ネズミを大流行の犯人に仕立て、証拠の断片をゆがめてしまっているのです」と、ネズミ=ノミ説に懐疑的な英グラスゴー大学の中世史専門家サミュエル・コーン氏は語る。

ネズミ=ノミか、ヒト=ノミ・シラミか

ならば、黒死病はいかにして広がったのか。以前から、ネズミではなくヒトに寄生するノミが原因だったと考える学者もいた。感染した人間から血を吸ったノミやシラミがペスト菌も一緒に吸い取り、すぐ近くにいる別の人間に飛び移れば、その人間も感染する。

数理的には、ネズミ=ノミとヒト=ノミ・シラミの場合では病気の広がり方が異なるため、ディーン氏のチームはそれぞれにおける感染拡大のモデルを作成した。

「基本的には、数字の処理です。シミュレーションのなかで、人々がどのように移動するかを見ます」。論文の共著者であるボリス・バレンティン・シュミッド氏はそう語る。シュミッド氏は、オスロ大学の計算生物学者で、ディーン氏の研究のアドバイザーでもある。

これらのモデルで何度も計算を実行したディーン氏とシュミッド氏は、中世の流行中に欧州で発生した9回のアウトブレイクによる死亡パターンに一致するのはどのモデルであるかを、統計的に評価した。すると意外なことに、調査対象になった9カ所の都市のうち7カ所で、ネズミ=ノミよりもヒト=ノミ・シラミの方が死亡の記録と一致したのである。

「そもそもアウトブレイクはなぜ起こったのかという根本的な問題に取り組んだ、大変すばらしい研究です」。米国にあるアルゴンヌ国立研究所のシステム科学者で感染症拡大モデルに取り組むチャールズ・マカル氏は、この研究を評価してそう述べた。同氏は今回の研究には関与していない。

ディーン氏とシュミッド氏は、さらに多くの実験データを集めて、モデルを改善する余地があるとしている。また、この研究が疫病研究者の間で論争を呼ぶだろうということも認めている。なかには、ネズミが中世のアウトブレイクを引き起こしたと言って譲らない学者もいる。

「ペストに関しては、たくさんの論争があります」というが、ディーン氏とシュミッド氏は、自分たちは客観的な立場にいるとしている。「私たちは、このことで得もしなければ損もしませんから」

(文 Michael Greshko、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年1月18日付]

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