そこに登場したカクノは、子ども用とはいえ大人も使えるシンプルなデザインと抜群の書きやすさ、そして1000円という手の出しやすい価格から、大人から子どもまで、今まで万年筆を使ったことがなかった層にアピールしたのだ。
特に、3000円クラスの万年筆と同等なペン先を使った、低価格の万年筆としては抜群のスムーズな書き味は、万年筆を使ったことがなく「何となく難しそう、書きにくそう」と思っていた層に、「万年筆って書きやすいんだ」と思ってもらうことに成功した。ほとんど筆圧を掛けずに書ける気持ち良さはボールペンでは味わえないもの。その差をハッキリと分からせるだけのポテンシャルを1000円で提供したのだから、当然のように人気商品となった。17年12月末までの販売数量は290万本。低価格とはいえ、万年筆としては異例の大ヒットだ。
さらにもう1つ、コストパフォーマンス以外にもカクノが支持された理由があった。
カクノは安価な万年筆にもかかわらず、インクを吸引するコンバーターを使えばボトルインクが使えることもアピールしていた。カートリッジインクに比べ、インクを入れる作業は多少面倒だが、その面倒な手間さえも、アナログの魅力として受け入れられた。
しかも、パイロットでは既に「色彩雫(いろしずく)」という、青インクだけでも何種類もある、キレイな色をそろえたボトルインクのシリーズを発売していた。また、海外の豊富な種類のボトルインクが紹介されたこともあって、様々な色が使えるという、他の筆記具にはない万年筆ならではの面白さにユーザーが気づいたのだ。

現在は、まるでインクが使いたいから万年筆を使っているかのように、インクにこだわる万年筆ユーザーが増えている。
インクブームが生んだ「透明軸」人気
「カクノ」のヒット以降、セーラー万年筆の細身の透明軸「ハイエース ネオ クリア」やプラチナ万年筆の「プレジール」などのコストパフォーマンスの高い万年筆にも注目が集まり、安価な万年筆に様々な色のインクを入れて使うユーザーが万年筆ブームをけん引していく。


このインクブームは、透明軸の万年筆人気にもつながっていく。透明軸なら、どの色を入れているかが分かりやすく、インクの色によって軸の表情も変わる。パイロットの「プレラ 色彩逢い」や、台湾のメーカー、ツイスビーの「eco」といった製品が話題になっていく。
インク自体も、古典的なインクの製造法を用いて、書いた後、変色して紙にしっかりと定着するプラチナ万年筆の「クラシックインク」シリーズ、セーラー万年筆の耐水性に優れ、目詰まりしにくい顔料インク「ストーリア」シリーズなど、個性的なインクが次々と登場、そのどれもが在庫切れになるほどの人気になっているのだ。


そして17年8月には、ついにカクノの透明軸タイプ「カクノ 透明ボディ」も登場。待っていましたとばかりに大ヒットした。
カジュアルな製品をきっかけに、万年筆の面白さに気がついたユーザーは、書き心地の快適さを求めて徐々に高価な万年筆にも手を伸ばすようになってきている。
かつての「実用品」としての意味合いより、「手書き」の面白さ、味わいで売れているため、他の筆記具に取って代わられるという心配もしばらくは無さそうだし、このブームはしばらく続くのではないだろうか。実際、使ってみると面白い筆記具なのだ、万年筆は。

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(文具ライター 納富廉邦)