1000円台のカジュアル万年筆 人気支える2つの理由
納富廉邦のステーショナリー進化形
1000円台で手に入るカジュアルな万年筆が盛り上がっている。ボールペンなどにくらべると使い勝手が悪いようにも思える万年筆がなぜ人気なのか。
進化した「日本語のためのペン先」
今、大人の筆記具として実用品といえば、ボールペンを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、かつてボールペンは、とても書きにくい筆記具だった。一方、大人で万年筆を持っていないという人はほとんどいなかった。1970年代でもまだ、大人の筆記具といえば万年筆を指していたのだ。
80年代に入ると、ボールペンの品質が上がり、価格も安価になる。万年筆は日常の筆記具の座を追われ、一部のファンに向けて、限定で高級なタイプを販売する方向にシフトしていった。
しかし、この時期に、国産万年筆メーカーは技術力を向上させていた。マニア向けの高級品として作るには、マニアを納得させる性能が必要だった。さらに「日本語を書くためのペン先」の研究も行われていた。その努力が実を結び、ペン先や工作精度に関しては世界一といってもよいレベルに達していたのだ。そうして国産万年筆は信頼を得ていく。気づいていない人も多かったが、2000年代に入って、万年筆はその存在感をじわじわと回復していっていた。
そして2013年、その人気に一気に火をつけたのが、パイロットコーポレーションが発売した子ども用の万年筆「カクノ」の登場だった。
万年筆を使ったことがない層にアピール
カクノは、子どもや万年筆に初めて触れる人に向けて作られた、プラスチックのシンプルな入門者向けの万年筆だ。
軸にクリップがない、スッキリしたデザインは親しみやすいと同時に、雑貨的な魅力もあり、大人でも違和感なく手に取れる。また、握りやすい三角のグリップ、スイスイ書けるペン先、書き方やインクの入れ方などを書いた絵入りの分かりやすい説明書が付属するなど、従来のカジュアル万年筆にはない、ユーザー本位の製品だ。
実は当時、デジタル化の反動としての手書きブームや手帳ブーム、プラチナ万年筆の「プレピー」や、パイロットの「ペチット1」といった安価な万年筆的な筆記具の安定した人気、ペリカンの「ペリカーノ ジュニア」やラミーの「abc」といったヨーロッパの子ども向け万年筆に雑貨的な人気が集まったことなど、万年筆がブームになり得る条件が整っていた。
そこに登場したカクノは、子ども用とはいえ大人も使えるシンプルなデザインと抜群の書きやすさ、そして1000円という手の出しやすい価格から、大人から子どもまで、今まで万年筆を使ったことがなかった層にアピールしたのだ。
特に、3000円クラスの万年筆と同等なペン先を使った、低価格の万年筆としては抜群のスムーズな書き味は、万年筆を使ったことがなく「何となく難しそう、書きにくそう」と思っていた層に、「万年筆って書きやすいんだ」と思ってもらうことに成功した。ほとんど筆圧を掛けずに書ける気持ち良さはボールペンでは味わえないもの。その差をハッキリと分からせるだけのポテンシャルを1000円で提供したのだから、当然のように人気商品となった。17年12月末までの販売数量は290万本。低価格とはいえ、万年筆としては異例の大ヒットだ。
さらにもう1つ、コストパフォーマンス以外にもカクノが支持された理由があった。
インクが選べる万年筆ならではの楽しみ
カクノは安価な万年筆にもかかわらず、インクを吸引するコンバーターを使えばボトルインクが使えることもアピールしていた。カートリッジインクに比べ、インクを入れる作業は多少面倒だが、その面倒な手間さえも、アナログの魅力として受け入れられた。
しかも、パイロットでは既に「色彩雫(いろしずく)」という、青インクだけでも何種類もある、キレイな色をそろえたボトルインクのシリーズを発売していた。また、海外の豊富な種類のボトルインクが紹介されたこともあって、様々な色が使えるという、他の筆記具にはない万年筆ならではの面白さにユーザーが気づいたのだ。
現在は、まるでインクが使いたいから万年筆を使っているかのように、インクにこだわる万年筆ユーザーが増えている。
インクブームが生んだ「透明軸」人気
「カクノ」のヒット以降、セーラー万年筆の細身の透明軸「ハイエース ネオ クリア」やプラチナ万年筆の「プレジール」などのコストパフォーマンスの高い万年筆にも注目が集まり、安価な万年筆に様々な色のインクを入れて使うユーザーが万年筆ブームをけん引していく。
このインクブームは、透明軸の万年筆人気にもつながっていく。透明軸なら、どの色を入れているかが分かりやすく、インクの色によって軸の表情も変わる。パイロットの「プレラ 色彩逢い」や、台湾のメーカー、ツイスビーの「eco」といった製品が話題になっていく。
インク自体も、古典的なインクの製造法を用いて、書いた後、変色して紙にしっかりと定着するプラチナ万年筆の「クラシックインク」シリーズ、セーラー万年筆の耐水性に優れ、目詰まりしにくい顔料インク「ストーリア」シリーズなど、個性的なインクが次々と登場、そのどれもが在庫切れになるほどの人気になっているのだ。
そして17年8月には、ついにカクノの透明軸タイプ「カクノ 透明ボディ」も登場。待っていましたとばかりに大ヒットした。
カジュアルな製品をきっかけに、万年筆の面白さに気がついたユーザーは、書き心地の快適さを求めて徐々に高価な万年筆にも手を伸ばすようになってきている。
かつての「実用品」としての意味合いより、「手書き」の面白さ、味わいで売れているため、他の筆記具に取って代わられるという心配もしばらくは無さそうだし、このブームはしばらく続くのではないだろうか。実際、使ってみると面白い筆記具なのだ、万年筆は。
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(文具ライター 納富廉邦)
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