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ピアニスト佐藤卓史はシューベルト全曲演奏家

2018/1/20

ピアニストの佐藤卓史さんがシューベルトのピアノを含む器楽曲をすべて弾くシリーズ公演を続けている。年2回のペースで2030年に完結させる長大な企画だ。独シューベルト国際ピアノコンクール優勝者としてこの作曲家をライフワークとする信念と抱負を聞いた。

2030年までにピアノを含む器楽曲をすべて弾く

18年はオーストリア・ウィーン生まれの作曲家フランツ・シューベルト(1797~1828年)の没後190周年にあたる。1983年秋田市生まれの佐藤さんは高校在学中に日本音楽コンクール・ピアノ部門で優勝。東京芸術大学を首席で卒業後、独ハノーバー音楽演劇大学とウィーン国立音楽大学で研さんを積んだ。07年には第11回シューベルト国際ピアノコンクールで第1位になるなど、シューベルトと縁の深いピアニストだ。14年からピアノ曲とピアノを含むすべての器楽曲を演奏し尽くすシリーズ公演「佐藤卓史シューベルトツィクルス」を始めた。30年までに完結させる長大なシリーズ公演の期間中にはシューベルト没後200周年(28年)も巡ってくる。

――シューベルトにこだわる理由は何か。

「もともとシューベルトが好きで、中学生の頃、きれいな歌曲がたくさんあると思った。ただピアノ曲で有名な作品がそれほどないと思っていたので、ピアニストとしてシューベルトを中心レパートリーにしていこうという考えは大学時代まで全くなかった。しかし欧州に留学し、シューベルト国際コンクールを受けるに際し、彼のピアノ曲をたくさん勉強した。そこで初めていいピアノ曲がいっぱいあることに気づいた。さらにコンクール優勝後の各地での演奏会でシューベルトを弾いてほしいという要望に応えていく中で、どんどん彼の世界に入っていった。ついには彼のピアノ曲を全部弾きたいと思うようになった。今はライフワークとしてシューベルトに取り組んでいる。共感するところが大きい作曲家だ」

――どんなところに共感するか。

「いろんな作曲家の作品を勉強する上で、私には一つのアプローチがある。それは自分がその作曲家だったらこの先をどう書いたかを推測するアプローチの仕方だ。音楽には流れがあり、あるところまでフレーズが出てきたら、ここまでは誰でもこう書くだろうという部分がある。ところがある分岐点にさしかかると、私が考えも及ばない展開を見せる作曲家が多い。ベートーベンやプロコフィエフと自分との違いを知り、作品にアプローチする。しかしシューベルトの場合は私が思ったのと全く同じ方向にいつも行く。もちろん私は天才ではないが、同じフレーズを思い付いたら絶対に私はこれを選ぶという道にシューベルトも必ず行く。不思議な共通点を見いだせることに共感を覚える」

日常から意識だけがフッと異界へ行ってしまう感じ

――共感するのはどんな音楽世界か。

「旋律線が美しい。和声や転調の手法が非常に鮮やかだ。古典派の終わり、ロマン派初期の作曲家なので超絶技巧はあまりないが、彼の語法の中で異なる世界を描き分け、別の調へと持っていく手法が、私にとっては特別だと思えるところがある。彼の後のロマン派の作曲家とも全然違う。淡々とした日常なのにそこから意識だけがフッと異界へ行ってしまう感じの音楽。そこに魅力がある」

シューベルトの全曲シリーズ公演を続けているピアニストの佐藤卓史さん(東京都中野区のベーゼンドルファー東京)

――ベートーベンやショパンと比べシューベルトのピアノ曲にはどんな特徴があるか。

「ベートーベンもショパンもピアニストとして活躍し、ピアノの演奏がうまかった。だから指を動かす快感が作品の中にも流れている。これに対しシューベルトはそこまでピアノを弾きこなす作曲家ではなかったので、ピアノ曲を書くときにもオーケストラや弦楽四重奏の発想を鍵盤に置き換えるような作曲の手法が見受けられる。派手さはないが、音楽のより純粋な理念をピアノの鍵盤に移し替えている気がする」

――秋田市で育った経験と重なるものはあるか。

「シューベルトはウィーンで生まれ育った都会人なので私とは違うかもしれない。ただ、彼の音楽には自然への憧れを感じる。特に歌曲はそうだ。シューベルトを好きになった中学時代に私は秋田にいたので、シューベルトの曲から木のざわめく感じや小川の流れを聴き取り、秋田の自然の風景に重ね合わせて共感していたこともあった。そうした体験が音楽家としての私の原点になっている」

未完成の曲は自ら補筆し完成させた状態で演奏

シューベルトといえば「未完成」。「未完成交響曲」の愛称で知られる「交響曲第7番(旧8番)ロ短調D759」はクラシック音楽史上に輝く屈指の名曲として世界中で演奏され聴かれ続けている。通常は4楽章形式の交響曲ながら第2楽章までの「未完成」で終わっている。しかし佐藤さんの話を聞いていると、未完の作品はピアノ曲にもたくさんあり、全曲演奏会を続けていく上で悩み苦労する要因となっているようだ。

インタビューに答えるピアニストの佐藤卓史さん(右)(東京都中野区のベーゼンドルファー東京)

――2014~30年の長期にわたる全曲シリーズ公演を始めた理由は。

「知られていないシューベルトのピアノ曲がたくさんある。これをすべて自分で演奏し、音にしてみたいという欲求が強まったので、30歳を機にライフワークとなるプロジェクトを立ち上げた。ピアノ独奏曲とピアノ連弾曲、そしてピアノを含む室内楽の3分野の器楽曲を完全に演奏し尽くす企画だ」

「すべての作品を弾こうとするとき、立ちはだかるのが膨大な未完成の曲の存在だ。ピアノソナタにもピアノ小品にもある。未完成のまま放置された作品群ということだ。未完成の楽譜を破棄する作曲家もいるし、何かの拍子に散逸してしまうこともある。ところがシューベルトの場合は例外的に非常にいい状態で未完成の曲がいっぱい残っている。そういう曲をどうするかが問題となる」

――未完成の曲をどう演奏していくか。

「完成できる曲は補筆する。書かれていない残りの部分を私が書き足したり、あるいはすでに書き足してある楽譜がある場合はそれを使う。完成した状態で演奏していく考えだ。共感するシューベルトの作品でも、補筆には迷うところがいつもある。シューベルトがこの後を書いていたらどうなっただろうかと常に想像するが、やはり私がシューベルトの代役を務めることはできない。こうなったらいいなと私自身が思うように補筆し、シューベルトがそれを見たときに怒らない程度の仕上がりになればいいと思っている。現時点で補筆したのはまだ3、4曲だが、これから増えていくと思う」

シューベルトに「未完成」の作品が多い理由

――そもそも未完成曲を含めピアノ独奏曲やピアノ連弾曲、ピアノが入った室内楽を全部合わせるとシューベルトには何曲くらいあるのか。

「数え方によって微妙に異なるが、二百数十曲はある。ピアノ連弾と室内楽については未完の曲はほとんどない。未完成のほとんどはピアノ独奏曲だ。全部で120曲ほどあるピアノ独奏曲のうち半分の60曲くらいが未完だと思う。スケッチみたいに途中まで書いてやめているものもあれば、最後の数ページだけがない場合もある。ピアノソナタの場合、第1楽章だけでその後の楽章がないとか、これを単一楽章のソナタとみなすか、あるいはどこかに第2、第3楽章が眠っていて、小品として発表された作品の中に存在するとか、そういういろんな問題がある。『未完成交響曲』も普通は第2楽章まで演奏されるが、どうやら第3楽章を途中まで書いた形跡があるらしい」

――なぜシューベルトには未完成の曲が多いのか。

「歌曲やピアノ連弾曲に未完成が少ないのは、発表や出版を目的にしていたので、完成させる必要があったからだ。一方でピアノの独奏曲、特にソナタは、作曲を頼まれたわけでもなく自発的に個人の営みとして書いたので、途中まで書いたらもう彼の中ではその後は分かり切ったこととして放置したのだろう。提示部から展開部、再現部と続くソナタ形式では、展開部の終わりまで書くが、再現部は繰り返しだから後は同じみたいな感じがあったのかもしれない。もちろん全く同じ繰り返しであるはずはないが、彼の中ではそこまで書いたら9割は完成と考えていたので、あとは書く必要がない。いつか発表する機会が巡ってきたら書き上げればいいといった感覚だ。しかも書きたい曲が次々に出てくるので、それまでの作曲を中断してでも次の新曲を書き進めていったと思われる」

「歌曲王」ながら長大な大作が多いシューベルト

音楽の教科書で「歌曲王」と習ったはずのシューベルト。歌と小品がほとんどの作曲家と思いがちだ。だが実際は「未完成交響曲」に限らず、「ザ・グレート(ドイツ語名ディー・グローセ)」や「大ハ長調交響曲」の愛称で呼ばれる「交響曲第8番(旧9番)ハ長調D944」をはじめ大規模で長大な作品も書いている。演奏時間が約50分のこの交響曲をシューマンは「天国的な長さ」と指摘した。ピアノソナタも室内楽曲も長大な作品が多い。のちのマーラーにも通じるスケールの大きなロマン派作曲家のイメージも浮かび上がりそうになる。ただしオーケストラとピアノ独奏による「ピアノ協奏曲」は作曲しなかった。シューベルトの作曲家像と作品の演奏法について佐藤さんに聞いた。

シューベルトについて語るピアニストの佐藤卓史さん(東京都中野区のベーゼンドルファー東京)

――シューベルトにピアノ協奏曲がないのはなぜか。

「ピアノに限らず協奏曲を1曲も書いていない。ソリストが技を見せびらかすみたいな協奏曲には興味がなかったと思う。オーケストラ対ソロのような、競い合いながら技を披露していく派手な音楽には関心がなかったようだ。シューベルトの青年期以降のオーストリア帝国はナポレオン戦争後、ウィーン会議後の時代であり、反動的な政治体制が敷かれ、政治結社がすべて弾圧される時代だった。市民は家庭の中で小さい楽しみを見つけ、小市民的な生活を送った。これをビーダーマイヤー様式と呼ぶ。このビーダーマイヤーの感覚がシューベルトの作品には濃厚にある」

――シューベルトのピアノ曲の特徴と演奏のポイントは何か。

「長い曲が多いのが特徴だ。後期のピアノソナタは40分くらいの演奏時間を要する。しかも繰り返しが多い。演奏によっては退屈で冗長と言われてしまう。このため、一つの時間の流れの中でそれぞれの音をいかに必要なものとして聴かせるかが演奏家の課題になる。私の場合はテンポをゆっくりにするのではなく、少し流れるようなテンポを取る。そして一つ一つのフレーズにルバート(速度の加減)をたくさんかけることはなるべく控え、インテンポ(一定の速度)で弾く。そうすれば時間の流れがより必然性を持ってくる。そうした時間の流れの中で、和声や曲調の変化は時間に頼らないやり方で、音色などで表現していくのが一つの方法だと考えている」

――シューベルトは意外に大作志向ではないか。

「もともとの資質としては小品に向いていた人だったと思う。小さい歌曲や舞曲、ピアノ小品などは無理なく書けた。ただ彼はベートーベン(1770~1827年)への憧れが非常に強かった。ベートーベンを目指し超えようとする中で、長大な曲を書くために自分を訓練していった。だから最初はただ長いだけで有効に機能させにくい曲も書いた。それがだんだん一つの流れ、ひと続きの楽曲として作る方法を習得していった。その途中で残念ながら亡くなってしまったわけだが、もっと長生きしていたら、さらに長大な構成とストーリーが同居する音楽世界を生み出したと思う」

――(インタビューの合間に弾いた)シューベルトの「ピアノソナタ第13番イ長調D664」は比較的小規模な作品だが、自身にとってどんな曲か。

「大好きな曲。中学生のときに初めてシューベルトの作品として弾いた曲だ。その頃からずっと弾き続けている。私のレパートリーとして大事な曲だ。歌のようなメロディーを持っている。歌曲のように伸びやかにメロディーが出てくるのが特徴だ。シューベルトのピアノ曲はどれもメロディーが豊かだが、ここまで全編にわたって歌が出てくる曲はピアノソナタの中では珍しい。長調と短調の変化など和声についても非常に手際よく作曲されている。とても完成度の高いソナタだ」

――ベートーベンとシューベルトのピアノ曲では弾き方はどう違うか。

「私にとってシューベルトのピアノ曲は、私が思う通りの自然な流れを持っている。だから自然に流れる音楽を意識して弾く。これに対しベートーベンは自然な流れを否定するときがある。ベートーベン自身の意志が曲の中にぐっと入ってくるので、音楽が自然に進むことを懸命に制約している感じになり、演奏もそうなる。自然の流れに逆らっていくところにベートーベンらしさがあるので、演奏のアプローチとしても絶対に妥協しないことが重要だ」

知られていないピアノ曲を聴かせる長い道のり

ベートーベンには「月光」「熱情」、ショパンには「雨だれ」「英雄ポロネーズ」などの愛称で呼ばれる人気曲が多数ある。それに比べるとシューベルトのピアノ曲はまだ全容が知れ渡っていないし、日本でポピュラーだとも言い難い。もっとも、ウィルヘルム・ケンプ、イングリット・ヘブラー、アルフレート・ブレンデル、アンドラーシュ・シフ、ミシェル・ダルベルト、ダニエル・バレンボイムら各氏によるシューベルトのピアノソナタ全集やピアノ作品集のCDはすでに存在し、しかもその多くが定盤として世界中で聴かれている。もちろん未完成曲の扱いはまちまちではある。田部京子さんや伊藤恵さんのシューベルト作品の演奏・録音も高い評価を得ている。こうした中でシューベルトを重要レパートリーに据えるピアニストとして佐藤さんの挑戦が注目される。4月18日に東京文化会館小ホール(東京・台東)で「佐藤卓史シューベルトツィクルス第8回」を開く。

シューベルトの「ピアノソナタ第13番」を弾く佐藤卓史さん(東京都中野区のベーゼンドルファー東京)

――シューベルト作品の普及にはどんな課題があるか。

「確かに最後の3つのピアノソナタ(第19~21番)と『第18番(幻想)』のほかは、ベートーベンやショパンの有名な曲と比べると認知度が低い。日本で知られていない曲が多いので、お客さんになかなか関心を持ってもらいにくい。どの曲にも魅力があると私は感じているので、聴いてもらえればきっと好きになるはずだ。だから全曲演奏会を続けていく意義がある。知られざる名曲を聴いてもらうことには非常にやりがいを感じている」

――次の全曲シリーズ公演の内容は。

「4月18日の『シューベルトツィクルス第8回』は独奏のピアノソナタを取り上げる3回目の公演になる。『旅するシューベルト』という副題を付けた。シューベルトは人生のほとんどをウィーンで過ごした人だが、『ピアノソナタ第17番ニ長調D850』をはじめ、珍しく旅をしたときに旅先で書いたと思われる曲を集めた。全曲演奏会ではベーゼンドルファーのピアノを弾いていきたい。ベーゼンドルファーはシューベルトが亡くなった1828年にウィーンで創業し、シューベルトの生きていた時代の空気を今も残しているピアノだと思う。独特のまろやかな音色が特徴だ。どんなに力強く弾いてもまろやかに聴かせるのがウィーン風の表現として一つの在り方だといえる」

――レコーディングの予定は。

「直近のCDはシューベルトではなく、2017年11月に出した『ショパン バラード&スケルツォ全曲』(発売元 ナミ・レコード)。ショパンのドラマチックな面を出そうと思った。スケルツォやバラードにはショパンの故国ポーランドへの思い、特に郷愁と戦争の劇的なイメージが出ている。シューベルトについては08年にコンクール優勝の副賞としてドイツでレコーディングした。全曲シリーズ公演を始めてからは毎回ライブ録音をしている。完結すればシューベルトのピアノ関連の作品をすべて網羅した全集が出来上がる。すでに全曲シリーズ公演の回数分の7回録音したが、まだ編集はしていない。CD換算で30枚以上になるはずだ」

31歳の若さで世を去ったシューベルト。その生涯のほぼ半分に相当する長期間の全曲シリーズ公演は、佐藤さんの人生を懸けたプロジェクトだ。シリーズ公演が完結したとしても、まだそこにはピアノ伴奏の膨大な歌曲が残っている。シューベルトの短い人生を引き継ぐように30歳から始めた佐藤さんのライフワークは、天国的な長さの道のりになる。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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