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「美食世界一」のペルー料理 本場の味、新橋で人気

日本でまだ誰もやっていないことをやりたいという気持ちもあったという。

「現地のものをできるだけ持ち帰ろうと、大きなバックパックにウエットスーツとパスポート、クレジットカード、カメラ、本くらいの最低限のものだけを詰めていきました。リマに到着してから最初に買ったのはサーフボード。それから包丁を買いました。順番逆ですよね。というか、料理修業なら普通は包丁くらい持っていきますよね」と笑う。

荒井さんは大のサーフィン好き。実はペルーは知る人ぞ知るサーフィン大国で、このこともペルー行きを決めた理由の一つだったとか。

「ペルーの公用語であるスペイン語をしゃべれなかったので、まずはペルー人とルームシェアするところから始めました。そして、彼の紹介で『孤児院の給食のおじさん』をすることに。言葉ができないながらも同じ調理員のおばちゃんにペルー料理について質問攻めにしたり、家庭料理を習ったりしました。ここではレストランの厨房では体験できないことも学びました。同じ『お腹減った』という言葉も我々が言うのと孤児院の子どもたちが言うのでは意味が違うんですよね。『食べるとは?』『生きるとは?』という食の根源を学んだ気がします」

その後は首都リマやアマゾン地域最大の都市イキトスなどのレストランやホテルの厨房に潜りこみ、ペルー料理の腕を磨いた。その合間には珍しい食材や郷土料理を求め、ペルー全土を旅してまわった。

食材の宝庫、ペルーには同じトウモロコシでも、種類が豊富。荒井さんがコレクションしているトウモロコシ

「ペルーは太平洋に面した『コスタ』、アンデス山脈の高地『シエラ』、アマゾン川流域の『セルバ』の3つの気候の違った地域がありますが、それぞれに変わった食材があり、まさに食の宝庫でした。たとえば、コスタでは『ムイムイ』という釣り餌に使うような小さな虫も食べますし、シエラでは『トコシュ』という、ジャガイモのクサヤみたいな発酵食品もありました。ドブみたいな匂いがするんですけど、好きな人にはたまらないようです。セルバでは『パイチェ』という、日本の水族館でも見られる古代魚の『ピラルク』を食べることにも驚きました」

我々にとっておなじみの食材、ジャガイモひとつとってもペルーには3000種類があるとされ、世界のグルメがペルーに注目するのもこの食材の豊富さゆえといわれる。

「ペルーは世界の7割の気候が一つの国に集まっているので、『育たない食材がない』といわれているんです。もともと多様な食材が育つうえに、移民が持ち込んだ食材もそれに適した地域でちゃんと根づいていったんですね。リマの北の沿岸部にあるワウラという町では熊本からの移民が多かったそうで、カキやミカンの木をたくさん見かけました。植物だけでなく、寒流と暖流が出合うペルー近海は海産物も豊富なんです」

こうして出合った食材はオリジナルのペルー食材事典としてまとめていった。また、豊富な食材に加え、さまざまな民族の影響を受けているのもペルー料理の特徴だ。

荒井さんはペルーで知らない食材に出合うと、次々書きとめる。今や私製の「食材事典」に

「ペルーには15世紀から16世紀にかけて栄えたインカ帝国の進んだ文明がありました。その後、スペインの支配下となり、奴隷として連れて来られたアフリカ人、移民してきた中国人や日本人などによって、さまざまな国の食材や調理法が持ち込まれ、現在のペルー料理が形づくられていったようです」

さて、「荒井商店」ではアラカルトメニューもあるが、夜は予約時に客の好みや予算を聞いてつくるオーダーメードのコース料理がメインである。

「ペルー全土の郷土料理が頭に入っているので、今日はアマゾン料理とか今日はアンデス料理というリクエストにお応えすることもできますし、食べたい食材を言ってもらえばその食材縛りでコースをお出しすることもできます」

だから、同じ値段のコースであっても隣のテーブルとは出てくる料理はまるで違うし、同じテーブルであっても「たとえば、お酒を召し上がる方とそうでない方でメニューや味付けを変えることがある」という。

客のなかには「オレには二度と同じ料理を出してくれるな」というリクエストだけして、オープン以来、週に2回通ってくる常連もいるというから、どれだけ荒井さんの引き出しは多いのだろうか。そして、どれだけペルー料理は奥深く幅広いのだろう。

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