ホラー『IT』異例のヒット 「怖いピエロ」に若者熱狂
スティーヴン・キング原作のホラーを映画化した『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』が世界的に大ヒットを記録している。日本でも2017年11月に公開されて、ホラーでは異例の興行収入20億円を突破。年を越しても上映が続くロングランヒットとなっている。SNSを活用した宣伝戦略が当たり、子どもの失踪事件の背後に存在する「怖いピエロ」が若者を引きつけた。
静かな田舎町に現れたピエロの姿の"それ"を目にした子どもが次々と行方不明になっていく…。『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』は米国で2017年9月に公開されて興行収入3億ドルを突破し、ホラー映画歴代興収新記録を樹立。ヒットをけん引したのは若年層だ。予告編が公開24時間で1億9700万回というYouTube史上最多の再生回数を記録するなど、ネット上で熱狂的な情報拡散が起こった。
日本でも17年11月3日に公開され、興収20億円を超える大ヒットを記録。「刺激の強い殺傷・出血・肉体損壊の描写がみられる」(映倫)ことから15歳以上が鑑賞可能な「R15+」指定であり、まさに異例のヒットだ。
日本でも当初からヒットが見込まれていたかというと、実はそうではない。というのも、アメリカではこの数年、ホラー映画が人気ジャンルの1つでヒット作が量産されているが、日本ではホラー映画は厳しい状況が続くためだ。近年ホラー映画で10億円を超えたのは、13年『クロユリ団地』(10.2億円)と16年『貞子vs伽椰子』(10億円)のみ。イオンシネマ幕張新都心の羽藤支配人は、「予想外の大ヒットです。邦画のホラー映画は若年層に強い印象がありましたが、本作は洋画ということもあり、ノーマークでした」と語る。
インスタを活用した宣伝戦略
日本で当たりにくいため、潤沢な宣伝予算をかけられないホラー映画をいかにヒットさせるか。配給元のワーナーは、3つの宣伝戦略を立てた。1つ目は「邦題」の活用だ。『IT』はスティーブン・キングの小説が原作だが、「若年層にはキングのなじみが薄い。知らない人に少しでも多くの情報を伝えるため、映画の内容を説明する『"それ"が見えたら、終わり。』をサブタイトルにした」(ワーナー・ブラザースの宣伝プロデューサー大木麻友子氏。以下同)。
2つ目は、「SNS展開」。ワーナーではホラー映画『死霊館』などを公開しており、「近年、日本でもホラー映画に来る若者が増え始めている」と観客の顔が見えていた。そこで、若年層をターゲットに絞り、彼らに親和性の高いSNSでの宣伝に力を入れた。特に威力を発揮したのが、YouTubeやインスタグラムなどで公開した動画だ。「今の時代はスマホが接点。スマホ視聴に合う、タテ動画や6秒動画を数種類作成しました」
興味深いのはその内容。例えば、いずれの動画も『15歳未満はご覧になれません』と大きく表示。ダメと言われると見たくなる心理を突いた。また、(見る場合は)『自己責任でお願いします』と怖さをあおるキャッチコピーを入れたバージョンも作成した。「テレビスポットはプッシュ型ですが、オンラインではツッコミを入れられるような『近さ』や『隙』が必要。『怖い動画が回ってきた』などSNSで拡散し、公開1週間前から一気に盛り上がり始めました」。
3つ目の戦略は、宣伝時期でピエロの露出具合を変化させたこと。アメリカの映画やドラマでは、ピエロがしばしば恐怖の象徴として登場するが、日本は違う。また、姿を見せすぎると劇場に足を運ぶ理由が減ってしまうため、公開前の宣伝動画では、ピエロをあまり出さなかった。公開直前からの露出を増やし、公開後「ピエロが怖い」と評判になってからは一転、どんどん見せ、情報拡散を狙った。
『IT』は、「みんなで見に行く」イベント映画としても人気に。イオンシネマでは、高校生がグループで来場することが多かったと言う。『IT』のヒットは、若年層に受けるジャンルとして、再びホラーの可能性を示したと言える。
(ライター 相良智弘)
[日経エンタテインメント! 2018年2月号の記事を再構成]
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