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バイオリニスト木嶋真優が「天才少女」リセット戦略

2018/1/13

 10代から国際的に活躍してきたバイオリニストの木嶋真優(きしま・まゆ)さんが、新たな挑戦を続けている。20代後半になってあえて新設の2016年第1回上海アイザック・スターン国際バイオリンコンクールに出場し優勝。巨匠ロストロポーヴィチ氏らに才能を見いだされた「天才少女」の自分をリセットし、ゼロから新鮮な音楽世界を切り開く試みだ。2月の東京公演を前に心機一転の取り組みについて聞いた。

幼少期から頭角を現し名教師ブロン氏の目に留まる

 「3歳からバイオリンを始め、素晴らしい先生たちに指導してもらってきたので、知らないうちにできてしまうことが多かった。そこで、ここ2年ほどはゼロから自分で改めて音楽を作り直そうとしている」。木嶋さんは恵まれた英才教育を受けた境遇ゆえの課題を語る。

 「神童」と呼ぶにふさわしい経歴だ。幼少期から桐朋学園大学音楽学部付属「子供のための音楽教室」でバイオリンを習い、子供向けコンクールで優勝を重ねた。米国の世界的バイオリニストのアイザック・スターン氏のレクチャーコンサートに参加したり、オーケストラと初共演したりしたのは9歳の頃。10代半ばの2000年には第8回ヴィエニャフスキ国際バイオリン・コンクール・ジュニア部門で日本人として最年少で最高位を受賞した。

 英才教育ゆえの数奇な旅が続く。旧ソ連カザフスタン出身の名教師ザハール・ブロン氏の目に留まり、01年にはドイツに留学。ブロン氏が教授を務めていたケルン音楽大学でレッスンを受ける日々が始まった。ブロン氏とは「12月から1月の真冬は(演奏会とレッスンのために)シベリアのノボシビルスクで過ごしていた。故郷の神戸とは全く異なる厳しくも広大な風景と時間の流れの中で学び、オイストラフやコーガンら旧ソ連出身の尊敬していたバイオリニストたちがどんな風土の中から音楽を作っていったかを思い知った」と振り返る。

巨匠ロストロポーヴィチ氏と10代で共演しデビュー

 木嶋さんは世界的チェリスト兼指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏(1927~2007年)からも学んだ。ブロン氏が優秀な生徒として紹介したという。ロストロポーヴィチ氏が指揮するオーケストラとともに世界各地で公演の舞台を踏んだ。

ヴィターリ「シャコンヌト短調」を弾くバイオリニストの木嶋真優さん

 「10代でロストロポーヴィチさんにデビューさせてもらった。欧米ツアーでは各地で何を弾きたいかと聞かれ、ミュンヘンでブラームスの『バイオリン協奏曲』、ローマではパガニーニの『バイオリン協奏曲第1番』を弾くことになったが、ロンドン公演だけは演目が決まらなかった。そのとき、ロストロポーヴィチさんはショスタコーヴィチの『バイオリン協奏曲第1番』を弾けと言った。私は弾いたことがなかったので、最初はだだをこねていた。そしたら『ちゃんと自分が教えるからこの曲を絶対に勉強しなさい』と説得され、反抗期の私も従った」。今では木嶋さんはショスタコーヴィチの「協奏曲第1番」をベートーベンとブラームスの「協奏曲」と並び最重要レパートリーと位置付けている。

 こうして木嶋さんは幼少期から国内外で華々しい活躍を続けてきた。11年には独ケルン国際音楽コンクールのバイオリン部門でも優勝した。「小さい頃にデビューさせてもらい、世界各地のコンサートに出させてもらい、今まで本当に恵まれていた」。ヘルベルト・フォン・カラヤン氏がアンネ・ゾフィー・ムターさんを、ロリン・マゼール氏がヒラリー・ハーンさんを国際デビューさせたのと同様、巨匠の指揮者が若手女性バイオリニストを世に送り出した事例としてロストロポーヴィチ氏と木嶋さんを挙げる向きもある。

現状に満足せずもう一度ゼロから積み上げ直す

 にもかかわらず、彼女は現状に満足していない。「小さい頃から何十年もキャリアを積み上げてしまうと、繰り返し弾くバイオリン協奏曲などは特に毎回のドキドキ感がなくなってしまいがちだ。5回弾いてもすべて異なる新鮮な発見があるというのが演奏家にとって理想。そのことに気が付いて、これからずっと現役でやっていくためには、今まで積み上げたものをいったんリセットし、もう一度ゼロから積み上げ直す必要があると考えるようになった」。世界的権威の先生たちの指導によって敷かれた道の先ではなく、自身の考えで音楽を再構築し、改めて本当の存在感を確立しようとしている。

 16年の第1回上海アイザック・スターン国際コンクールに出ようと思ったのはこんな心境の時期だった。「子供の頃、スターンさんにもバイオリンを習った。その名前を冠した中国でのコンクール。1カ月間、音楽家としてすべきことがいろんな視点からすべて詰め込まれている」と思い、興味を持った。コンクールはもっとずっと若い時期に出るものだという認識が一般には強い。「キャリアを積んでからのコンクール出場はリスクがある」との意見もあったという。それでも「これでコンクールはすべて卒業しよう」との思いから出場を決めた。

 コンクール期間中の1カ月間は「上海のホテルにこもり、音楽とだけ真剣に向かい合った」。特に彼女の関心を引いたのは「協奏曲のカデンツァ(バイオリン独奏の即興部分)を自作するという課題」だった。「モーツァルトの協奏曲などを弾いたが、初めてカデンツァを作曲して勉強になった。カデンツァを自作してもいいというコンクールはほかにもあると思うが、カデンツァを自作しなければならないケースは珍しい」。ファイナルでは得意のショスタコーヴィチの「バイオリン協奏曲第1番」を演奏し優勝した。「上海での優勝は長い音楽家人生の第一歩」と話す。

現代の作曲家と創作過程から関わる演奏家を志向

幼少期からの実績をリセットし、ゼロから積み直すバイオリニストの木嶋真優さん

 上海のコンクールでカデンツァを自作したのがきっかけで「コンサートをする際にも何かを創作するという意識を強く持つようになった」。これを具現したのが、米ワシントンDCで彼女が始めた「桜祭りプロジェクト」だ。木嶋さんが率いる五重奏団「6821クインテット」が、全米桜祭りの期間中にワシントンDCの様々な場所で演奏会を開くプロジェクトだ。2018年春で3回目となる。「6821」とは東京とワシントンDCの距離が6821マイルなのにちなんで名付けた。そこでは「桜をテーマにした作品を作曲家に依頼している」。作曲家と一緒に新曲を作っていこうという発想だ。

 「演奏家も曲の創作過程から関わりたい」という今の願望は、思い出せば「ロストロポーヴィチさんがかつて言っていたこと」と言う。「これからずっと長く音楽をしていくために、必ず今生きている作曲家と関わり、一緒に話し合って創作活動をしなさい」とロストロポーヴィチ氏は木嶋さんにアドバイスした。それは彼がショスタコーヴィチやプロコフィエフらとまさに実行していたことだ。「当時の私にはピンとこなかったけれど、今では分かる」。ワシントンDCでの桜祭りプロジェクトでは、1年目は米国の作曲家が見た日本の桜がテーマだった。2年目は平井真美子さんに作曲してもらった。「数年後には自分でも作曲したい」と希望を語る。

 2月2日には紀尾井ホール(東京・千代田)でリサイタルを開く。上海でのコンクール優勝を経て「リセット戦略」の現段階での成果を聴く機会となる。そのリサイタルでも平井さんが作曲した「マゼンタ・スタリオン」という作品を世界初演するなど「創作」面を打ち出す。ヴィターリの「シャコンヌト短調」をはじめ、バルトーク、スメタナ、ラフマニノフ、プロコフィエフらの「私が昔から演奏してきた作品」が演目に並ぶが、これまでにないアプローチによる響きが発見できるはずだ。「自分の足で立ち、自分で説明ができる。自分で発信ができる」と木嶋さんはこれからの自らの姿を描く。ロストロポーヴィチ氏らに見いだされた才能が真新しい空に羽ばたく。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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