「お風呂で汗をかいて酒を抜く」がダメな本当の理由
酒好きな人にとって飲み会は楽しいもの。毎晩のように酒席に参加するという人もいるでしょう。この季節に注意したいのが、飲酒後の入浴。いわゆる「ヒートショック」によって、命が危険にさらされる可能性もあるのです。
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こんにちは、酒ジャーナリストの葉石かおりです。飲み会の多いこの季節、楽しくお酒を飲んでいますか?
「酔っているときほどお風呂に入りたくなる」というのは私だけではないと思います。お酒を飲むとなぜか気が大きくなって、「お風呂で汗をかいて酒を抜こう!」とやらかしてしまう、という話を酒好きの知り合いからも聞きます。でも、実際には汗をかいてもお酒は抜けません。
実は私、1年ほど前の寒い日に、「命の危険」を感じる体験をしました。そう、酔った状態でお風呂に入ったのです。ただ、酔っているといっても前後不覚になるほどではありませんでした。記憶も意識もきちんとある状態で、冷えた体を温めようと、帰宅早々、44度のお湯をはった湯船につかったのでした。
異変を感じたのは湯船につかって5分ほどしてから。頭がカーッと熱くなった後、全身が心臓になったかのような激しい動悸(どうき)が起きました。そして慌てて湯船から出ようとして急に立ち上がった途端、今度はめまいに襲われたのです。
水を飲み、しばらく脱衣所でうずくまっていたところ、なんとか症状は治まりました。あのときは本当に「私の人生はこれで終わりだ……」と感じました。俗に言う「ヒートショック」だったのです。
飲酒後の入浴はなぜNGなのか?
飲酒時の入浴は、世間一般的にNGだといわれています。それは知っていたのですが、これまでひどい目にあったことがないため、ついつい繰り返していたのです。しかし、あの1年前の件で、もうこれはやってはいけないことなのだと心底痛感しました。あまりに怖くて、その後しばらくはお酒が飲めなくなったくらいでした。
だが、飲酒後の入浴はどんな根拠でいけないといわれるのでしょうか? そして私自身が体験した激しい動悸やめまいは何が原因だったのしょう。『酒好き医師が教える最高の飲み方』という私の著書の中から、ヒートショックに詳しい横浜労災病院院長の梅村敏さんの話をここでは紹介します。
「急激な温度変化によって体がダメージを受けるのがヒートショックです。ヒートショックには『血圧の変動』が深く関わっています。特に寒い時期の入浴、そして飲酒後の入浴は、血圧の変動が激しくなり非常に危険です」(梅村さん)
梅村さんによると、そもそも血圧は気温によって変動するのだそうです。気温が高いと血圧は下がり、寒くなると上がります。「気温が低いと、体温を下げないようにと血管を収縮させ、血圧が上がります。一方で気温が上がると、熱を放出して体温を下げようとして血管は拡張するので血圧は下がります。このため、夏は血圧が低くなり、冬場は血圧が上がるのです」(梅村さん)
そして、冬場に寒い浴室でお風呂に入ると、体が感じる気温・水温は激しく上下動するので、血圧も大きくアップダウンします。
暖かい部屋から寒い脱衣所に行くと血圧が上がり、湯船につかると交感神経が緊張して血管が収縮し、さらに血圧が上がります。そのまましばらくつかっていると体が温まり、血圧が下がってきますが、湯船を出て寒い脱衣所に行くと、また血圧が上がります。
急激な血圧の変化は体への負担が大きくなります。特に高齢者で、普段から高血圧の人は、動脈硬化が進んでいて、急激な血圧変動に対応できなくなります。
「高齢者で高血圧だと、入浴時に心筋梗塞や脳梗塞、あるいは脳出血などで重篤な症状に陥る危険性が高まります。また、高齢者は、体位の変化(臥位、座位、立位など)に対応して血圧を一定に維持する能力が衰えてくるため、湯船などから立ち上がったとき頭に血が十分に回らず倒れる確率も高まります」(梅村さん)
血圧の変化に対応できない高齢者はさらに危険
消費者庁が発表しているデータを見ても、寒さの厳しい12月から3月までの入浴時の事故死が多いことが分かります。ほとんどが65歳以上の高齢者だそうです。入浴時の事故死はこの10年で1.7倍に増えています。
「長く浴槽につかっていると血圧が下がります。その状態で突然立ち上がろうとすると、通常は血管が収縮して血圧を保とうとするのですが、高齢になると血圧が維持できなくなり、頭に血が十分に回らず、気を失って倒れてしまう。倒れた場所がお湯を張った浴槽だと、溺死につながってしまうのです」(梅村さん)
とかく日本人はシャワーで済ませず、肩までしっかり湯船につかる人が多いこともあってか、世界的に見てもダントツで入浴時に溺死する人が多いのだとか。そして、アルコールを飲んでから入浴すると、この危険はさらに増すのだそうです。
「飲酒には、一時的に血圧を下げる作用があります。アルコールを飲むと、アルコールの代謝生産物のアセトアルデヒドの血中濃度が増えることで、血管が拡張し血圧が下がるのです。この血圧低下に反応し、血圧を維持するため、交感神経系が活性化し、脈が増加すると考えられます」(梅村さん)
飲酒によって普段よりも血圧が下がることで、入浴による血圧のアップダウンの変化の幅がより大きくなる危険性があります。さらに、「飲酒後」+「寒い季節」の入浴は一層危険です。梅村さんは、「飲酒後は、アルコールによって意識が朦朧(もうろう)としているため、危機管理能力も低下しており、これがさらに危険度を高めてしまうと考えられます」という。
お酒を飲んだらお風呂よりシャワー
飲酒後の、特に寒い時期の入浴の危険性を知ってもなお、「それでもその日のうちにさっぱりしたい」と思う人は少なくないはず。何かいい方法はないものでしょうか?
梅村さんは、「さっぱりしたいという気持ちは分かりますが、入浴するのはアルコールが代謝され、アルコールの影響がなくなった後にしてください」と釘を刺す。アルコールが体内から消えるまでには、体重60kgの成人男性の場合、純アルコール20g(ビール中びん1本、日本酒1合)で約3~4時間かかるといわれています。
それでもなお、なるべく早くさっぱりしたいという人には、「ぬるめのシャワー」がお勧めです。
「ぬるめのシャワーであれば、湯船につかるより体の負担が少なくなります。そして万が一、倒れたとしても溺死することはまずありません。気を失って倒れた際に怖いのは溺死です。日本人は湯船につかる習慣があるため、他国に比べて圧倒的に湯船での溺死者が多いのです」(梅村さん)
海外では一般的なシャワーという選択肢を忘れがちですが、確かにシャワーなら倒れても打撲程度で、死に至る可能性はずっと低くなりそう。今後、飲酒後にお風呂に入りたくなったら、シャワーを選択するようにしましょう。もちろん、冬場は脱衣所や浴室を暖めて温度差をできるだけ少なくするのを忘れずに!
エッセイスト・酒ジャーナリスト。日本大学文理学部独文学科卒業。全国の日本酒蔵、本格焼酎・泡盛蔵を巡り、各メディアにコラム、コメントを寄せる。「酒と料理のペアリング」を核に講演、酒肴のレシピ提案も行う。2015年一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーション設立。世界に通用する酒のプロ、サケ・エキスパートの育成に励み、各地で日本酒イベントをプロデュースする。
[日経Gooday 2017年12月20日付記事を再構成]
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