「外圧」と「横紙破り」でしか変わらない日本
ダイバーシティ進化論(水無田気流)
新年、改めて「ダイバーシティ(多様性)」が日本に根づくのかを考えた。
2017年の新語・流行語大賞に「忖度(そんたく)」が選ばれたように、この国では場の「空気」を読み合うコミュニケーションが社会を覆っている。文化人類学者エドワード・ホールは、日本はコミュニケーションにおける文脈依存度が高い「高コンテクスト文化」、米国は言語による説明を重視する「低コンテクスト文化」と対照的に述べた。
ただ私は、この点に関しよく言われる「同調圧力の強い日本では、多様な価値観は認められにくい」と、単純な指摘で終わる気はない。というのも、恐ろしいほど変わり身が早いのが日本人の文化特性の一つだからだ。明治維新と第2次大戦後の2度の「外圧」と、その後の急速かつ柔軟な異文化受容に鑑みてほしい。ひとたび「みんなやっている」となれば、昨日唾棄(だき)したものを、今日はみこしに担ぐのが日本人だ。「多様性の受容」についても、変わるときには雪崩を打って変わりうる。
ダイバーシティ実現の障壁となるような「事件」は、17年も多々起きた。印象的だったのは、熊本市議の子連れ登院に対する賛否両論だ。「女性の窮状を訴えたい」という同議員に対し、多くの意見は「気持ちは分かるが方法が稚拙」というもの。1987年、タレントのアグネス・チャンの子連れ出勤が物議を醸した「アグネス論争」をほうふつとさせられた。
まだ育児休業法が制定されていなかった時代。楽屋に子連れで来る「横紙破り」と呼ばれた行為はやがて国会を動かし、制度成立の起爆剤となった。熊本市議の行為もとっぴだと批判される点は同様だ。だが、彼女がアグネスのように「控室でベビーシッターに子どもを預けていた」ならば、問題となっただろうか。
そう。かつて「問題」であったものは、今やそれほど問題視されなくなった。それでも壁があると指摘したければ、人は表層的には平穏な「空気」を引き裂くため、横紙破りに走らざるを得ない。忖度文化社会を変えるには、外圧と横紙破りが最も効力を発するからだ。地道で建設的な社会変化を目指すには、この文化特性を理解した上での創造的な討議が必要である。
1月8日は成人の日。新成人がつくる次世代は、この問題を超えて、多様な人同士が協業しやすい社会となってほしいと、切に願う。
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。
[日本経済新聞朝刊2018年1月8日付]
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