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リーダーはスポーツに学ぶ

ラグビー清宮氏に学んだ人材育成 ヤマハ発動機会長 ヤマハ発動機の柳弘之会長(上)

2018/1/10

ヤマハ発動機の柳弘之会長

 名将・清宮克幸監督を擁し、2015年のラグビー日本選手権で悲願の初優勝を果たした「ヤマハ発動機ジュビロ」。09年にヤマハ発動機が大幅赤字に陥り、チームのリストラが「既定路線」とされるなど苦難の時代もあった。そのときチーム再生に挑んだのが、10年に社長に就任した柳弘之氏(現会長)だった。五郎丸歩選手らに、自ら会ってチーム再建を説き、清宮氏を監督に招いた柳氏の思いはどこにあったのか。当時を振り返りながら、ラグビーが会社にもたらした一体感とスポーツと経営の共通点を語ってもらった。

■2009年、リーマン・ショックの影響や先進国での二輪車不振でヤマハ発動機は大幅な赤字に陥った。ラグビー部はリストラ候補とされ、チームを去る選手も多かった。

 2009年12月期、当社は2100億円を超える連結最終赤字に陥りました。私は、そんなタイミングで社長に就任したんです。当時、当社はオートバイの世界選手権シリーズの最高峰「モトGP」に参戦し、サッカーではジュビロ磐田があり、そしてラグビー部がありました。この3つのスポーツで、年間数十億円使っていました。赤字を受けて、OBや社内の役員からは「やめろ」という声が結構あったんです。

選手だけでなく応援する社員も奮い立つ「大漁旗」の応援=ヤマハ発動機提供

 実はラグビー部のリストラは、私の前任者が決めていました。ただ、やり方は決まっていなかった。社長になった私は、部を続けると決めました。寮に行き、直接選手たちと向き合って約束しました。「1年だけ待ってほしい、もう一度チームを再生させるから」とね。その約束を信じてくれた人と、見切りをつけた人がいた。会社のサポートも少なくなるだろうとみて、チームの4分の1は辞めたと思います。

ラグビー部の応援を通じ、危機にあった会社に一体感が生まれたという=ヤマハ発動機提供

 そのとき残ってくれた選手がチームの柱になりました。五郎丸や大田尾(竜彦)、矢富(勇毅)といった選手です。今も彼らと食事しながらよく話しますが、あのとき私の約束を聞いて、残ってよかったといってくれます。

■「大漁旗」を振っての応援は、チームと会社の危機から生まれた。

 ラグビー部は、危機にあった会社に一体感ももたらしてくれました。当社のラグビー部の選手たちの多くは、午前中は社員として仕事をして、午後に練習に行きます。社員にしてみれば、日ごろともに仕事をしている仲間が試合に出ているわけです。仲間が試合に出るというので、みんなでお金を出し合って作った大漁旗で応援に行く。

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